2021-09-01から1ヶ月間の記事一覧

熟成

前にアマゾンで買った、食品を真空パックにしてくれるやつ。口元を機器に挟んでスイッチを押すと、中の空気を吸い取ってから、口を密閉してくれる。便利だし、そんなに高くなかったし、面白いからたまに使う。先日も、鯵を買って腹側から開いて、それを真空…

メソッド

日本の、大岡昇平とか島尾敏雄とか、戦争をテーマにした彼らの小説というのは、自分がじょじょに日常から戦争へ移行していく、なすすべなくそうなっていく、まるで時間のように、自らの生の収束のように、それへと変異していく過程を、できるだけ細密に再現…

嚙合わせ

つい忘れたり、うっかり道を間違えたり、最後の詰めが甘くて見込みが外れたり、ここ数日の自分の行動のはしばしに迂闊さが感じられる。いつもと同じ感覚を保っているとの自覚はあるのだが、なぜか歯車が噛み合わないというか、かすかに聞こえるこの音はもし…

私のいなかった家で

朝、家を出てから忘れ物したことに気付いて、家まで戻るときはおもしろい。面白がってる場合ではないのだけれども、少し遅れると連絡して、そこから逆方向へ時間を巻き戻すように移動がはじまることが面白い。まず反対方向の電車に乗ると、車内がとても空い…

フィクションの酒

酒を飲む人は、多少乱暴な言い方をするならば誰もが多かれ少なかれ、酒を飲んでいるうちに、手持ちの時間がみんな流れてしまえばいいのになと思っているところがある。自分に与えられた、限られた貴重な時間を、酒を飲むことで、大方費消してしまってかまわ…

記憶の酒

酒の味というものはしばしばいまげんにすすっているそれをのぞいては過去に何百杯飲んでいても容易には思い出せないことがあって、不思議である。 (開高健「マジェスティックのマーティニ」) 開高健の雰囲気をがっちりと作りこんだ酒場系のエッセイのカッコ…

弱いアナーキズム

西川アサキ「分散化ソクラテス」と、VECTIONによる「苦痛トークン」についてのエッセイを、あらためて再読する。 西川アサキ「分散化ソクラテス」の記事https://spotlight.soy/bLb7kPck9DE9BZFy」 VECTION「苦痛のトレーサビリティで組織を改善する」の記事h…

牡蠣

パリで牡蠣が出回る時期、ユミと二人でしょっちゅう牡蠣会をしていた。一人一ダースずつ用意した牡蠣を各々黙々と開けるところから牡蠣会は始まる。丸みのある下殻を、ふきんを挟んで左手に持ち、右手に持った牡蠣ナイフを上と下の殻の間に二、三時の方向か…

季節物

例年通り、突然あたり一帯すべて金木犀の香りに満ち満ちていたのが、今年は直後に、何度かに分けてはげしく降った雨のおかげでなすすべなく一網打尽にされてしまったようで、今やオレンジ色の粉末が道端にかすかに落ちているだけだ。 彼岸花も、あるとき忽然…

パープルレイン

プリンスのパープルレインは、大仰で、くどくて、暑苦しい曲の筆頭ではないかと思うが、自分は好きだ。ほとんど歌舞伎みたいな、幕の内弁当みたいな、すべての要素がぜんぶ入ってる定食みたいな曲だけど、この曲を聴くのは苦じゃない。壮大なバラードと言う…

新規顧客

髪を切るのに長年利用してた店が閉じてしまって、新たなお店を探さなければいけない問題が、まだ続いている。前回は久々に理容店に行ったし、せっかくの機会だから他の店にも行ってみようと当初は考えていたのだが、その思いはじょじょに薄れて、面倒くささ…

サマー・オブ・ソウル

TOHOシネマズシャンテで、アミール・"クエストラブ"・トンプソン「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」(2021年)を観た。これはすごい。こんなものを観ることになるとは予想だにしなかった。ブラック・ミュージックの中…

スピード

クロード・シモン「フランドルへの道」。自らの陣営が、敗残した側であることを自覚しつつ、戦闘が終わりかけたときの状況。この、得体のしれない吸引力は何だろうか。この不安感と恐怖感から身を引き離したいという感情と、この先を食い入るように見ていた…

ジョン・スコフィールド

ジョン・スコフィールドの音楽を知ったのはかなり昔のことだけど、これは僕にとって、ジャズという音楽ジャンルのいちばん最初のほうに感じた難解さだったように思う。いわゆる調性からあえて外れたフレーズで曲を組み立てるという、ジャズ的スタイルを象徴…

疲労

年齢を経るごとに、身体のあちこちにガタがきて、体力も気力も衰えてきて、みたいな話は、たしかに一面では真実だが、必ずしもそうとばかりは言えない側面もある。 自分自身の記憶として、若いときにしばしば感じた「かったるさ」というのは、これはまさに筆…

映像配信

音楽のライブ配信は、去年からけっこうたくさん利用している。今日はBlue NoteでやったUAと菊地成孔の「Cure jazz」ライブ配信を観ていた。観たがるのは、僕ではなくどちらかというと妻なので、僕は妻のリクエストをオンラインで購入して、配信日になったら…

感触

クロード・シモン「フランドルへの道」。客観的判断ではなく、認識でもなく、戦争とこの私との距離の近さから来る、戦争の加速度、戦争の匂い、戦争の色、戦争の湿り気と泥の感触。ひとつ確かなのは、これらすべてが体験から出た言葉、その驚きからもたらさ…

肥大・溶解

クロード・シモン「フランドルへの道」。ある文のなかに含まれる要素が、その文全体を、凌駕するほどに増殖する。文全体が中から食い破られるような状態。末端肥大症になった文章、このカッコが次のページのどこまで行ったら閉じるのか、このカッコが閉じた…

橋を渡る

橋を渡るとき、いつも橋の下を見下ろしながら歩く。広大な河川敷には、野球のグラウンドが二面しつらえられていて、ユニホームを着た子供たちが各ポジションについて、まるで色とりどりの小さなミニチュア人形か駒のように、ピッチャーの子が投げて、バッタ…

変わらない

まだ実家に住んでいた頃、物心つく前から二十年以上住んでいる地域、家から駅までの道のり、その風景の変わったところと変わらないところ。もう二十代も後半に差し掛かったというのに、景色はほとんど変わってない気がした。変わったところよりも、変わって…

仮面の告白

三島由紀夫「仮面の告白」を読んだのは、はるか昔で、しかもあまり面白くなかったという記憶しかなくて、さっき書棚を探したが、いま、その本は手元にないようだ。しかし橋本治によるきわめて鋭利な「仮面の告白」評を読んだら、この小説が三島由紀夫という…

才能(奇跡)に気付く

少しずつ読み進めているのだが、橋本治『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』はじつに面白い。一行ごとに、すごいすごいと言いたくなる。稀代の読み手としての橋本治の力量をしっかりと味わえるし、よく読むということ、つまりそれこそは、愛だな…と、唐…

自我像

ビデオをオンにしたリモート会議の何が嫌かというと、自分の顔がそこに映っていて、それをずっと見ているのが辛い。イヤなら見なければいいのだけど、いやでも目に入ってしまう。自分が喋れば、喋ってる自分を見ざるを得ない。それが三十分や一時間程度なら…

ロイ・ブキャナン

ロイ・ブキャナンの音楽を、今までまったく聴いてこなかったのだが、それは間違いだった。このギターを過去の自分に聴かせたかった。が、もう遅い。いまさら悔やんでも仕方がないので、こんな今の自分だけで聴くしかない。 なぜ、今ロイ・ブキャナンなのか。…

場所

ほとんど使われてないのに、たぶん誰かがお金払ってるから、使おうと思えば、いつでも使える、でも特に必要もないし理由もないから、誰も使わないし誰も来ない。ふだんその場所があることなんかみんな忘れている。思い出したとしてもすぐ忘れる。そんな場所…

戦争

ナショナル ジオグラフィックの「9.11:アメリカを襲ったあの日の出来事」全六話中の一話と二話を見た。二十年前のことではあるが、今でも昨日のことのように衝撃的で、暗澹たる気分から、しばらくのあいだ立ち直れなくなる。 こういうのを見ると、政局とか…

道成寺

銀座の観世能楽堂で第二十八回能尚会。番組は仕舞「老松」「春栄」、能「木曽 願書」、狂言「墨塗」、仕舞「難波」「草子洗小町」「江口」「鵜之段」「山姥」「屋島」「芭蕉」、能「道成寺」。(野村萬斎をはじめてみた。父親の万作は何度か観たことあったが…

夕食と共に

夜、わりと遅くに帰宅。最寄り駅前の閉店間際のスーパーで買ってきた食材で、ざざっと簡単に夕食の支度をして食卓に並べて、適当にテレビをつけてチャンネルを変えてみるけど、どれもつまらないので、録画しておいた映画やDVDをざーっと見返して、何かめぼし…

木野

村上春樹「女のいない男たち」収録の「木野」を読んだ。これまで読んだ三篇のなかでは、もっとも混沌としていて、行く先を求めて手探りで彷徨うような作品。 夫以外の男とも関係をもっている妻が出てくるのは、この作品である。そして、妻の不貞に対して、糾…

シェエラザード

村上春樹「女のいない男たち」収録の「シェエラザード」を読んだ。好きな男の住む家に忍び込んで小さな物を盗み、かわりに自分の些細な所有物を潜ませてくる、そんな行為をくりかえしたことのある女子高校生が、三十歳も半ばになって、たまたま知り合い関係…