2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧

安直

大江健三郎「死者の奢り」をはじめて読んだのは高校一年のときで、当時、自然気胸を患って入院中に、なぜか母親が「死者の奢り・飼育」の文庫本を買ってきてくれたので、それで大江健三郎の名前をはじめて知って、病院のベッドで読んだのをおぼえている。暗…

死者の奢り

大江健三郎が「奇妙な仕事」を書き直すにあたり、頭の中にいくつものエスキースを思い浮かべているときに、もしかして、河原温の「浴室」シリーズの作品イメージが、その頭のなかに思い起こされはしなかっただろうか。あるいはそこから、いくつものエスキー…

PACHINKO

AppleTV+で「PACHINKO パチンコ」を、第三話まで観る。監督は「コロンバス」を撮ったコゴナダとのこと。 韓国と日本を舞台とした二十世紀初頭から現代にまで至る叙事詩といった感じの、これはなかなか骨太な、ガッツリと心身をあずけて安心して観ていられる…

奇妙な仕事

図書館で借りた大江健三郎自選短編より「奇妙な仕事」をいつ以来だかおぼえてないほど久々に読む。主な登場人物は、主人公の学生と、同じアルバイトに応募した院生と、女学生と、依頼主と、犬殺しの男だ。その仕事とは、大学に飼育されている実験用の犬百五…

街の上で

日本映画専門チャンネルで今泉力哉「街の上で」(2021年)を観る。彼氏彼女の関係、別れる、よりを戻す、あるいは友人、ちょっとした協力関係、といった関係というよりも各登場人物たちの契約状態というかカテゴリ分けの変遷みたいな過程の絡まり合いを、まる…

カルボナーラ

ふだんあまり作ることも食べることもないカルボーラだが、今井真実「毎日のあたらしい料理」所収「たどり着いたカルボナーラ」のレシピにしたがって、作ってみることにした。 ボールの中にパルメザンチーズと卵をあらかじめ掻き混ぜてトロトロの状態にし、加…

プラットホーム

朝十時頃の、高架上のプラットホームに、斜めから陽の光が差し込んでいる。そこに立つものすべてが、等しく陽の光を浴びて、等しい比率の影を投影している。このプラットホームぜんたいが、空中に浮かんでいる細長い板のようだった。 電車の到着時間が近づく…

昔の喫茶店

出社までに少し時間があったので、駅前の喫茶店に寄った。やや古めかしい外観の、昔っぽい喫茶店だ。ドアを開けたら店内タバコの香りに満ちていて驚いた。今どきめずらしい、昔の喫茶店だった。客もそういう店だとわかって利用しているのだろう、女性一人、…

正直

推薦の言葉を求められたので以前読んだ時の印象を思い浮かべるのだが、やはり、大変正直な戦争体験談であるということで推薦の言葉は足りると思う、それほど正直な戦争体験談なるものが稀れなのは残念なことである。 僕は終戦後間もなく、或る座談会で、僕は…

仕事

「なみのこえ 気仙沼」「なみのこえ 新地町」を観ていて、仕事というのは、根本で人間を支えているものなのだなと、それもある種の限界というか、これもきっと、この先どこまでいっても、我々はずっとこうなんだなと、仕事は我々に与えられた(さほど豊富では…

なみのこえ

Bunkamura ル・シネマで酒井耕、濱口竜介の共同監督による「なみのこえ 気仙沼」「なみのこえ 新地町」を観た。数年前キネカ大森で、東北記録映画3部作のひとつ「なみのおと」を観たときと同様、今回も妻に付き合っての鑑賞だが、しかし観て良かった。やたら…

志賀直哉論

蓮實重彦「『私小説』を読む」所収の志賀直哉論「廃棄される偶数 志賀直哉『暗夜行路』を読む」が発表されたのは1976年とのことで、今読んでも、とにかく鮮やかというか、おもわず呆気にとられるような見事な「読み」の成果が展開されていて、すごい…と唸る…

交差法

同じ図柄の絵が、左右に隣り合って配置されている。二つの絵の上辺に黒丸が打ってある。絵の上のそれをじっと見つめる。すると、やがて黒丸が滲んでぼやけたようになって、そのまま四つに分かれて、それが中央に寄って三つになる。そうなるまで、ひたすら目…

現実

遅めに家を出て会社へ向かうとき、いつもより少し遅い時間というだけで、すべての景色の意味合いが変わって見える。このときに、自分の内側も外側も、しんじられないくらい空っぽになったような感覚におそわれる。ばかばかしいような話だけど、いつもと数時…

志賀直哉は1883年生まれ、のちに「暗夜行路」となる「時任謙作」を書おうと試みてやがて挫折した時期が1914年、直哉が31歳のときで、それは彼が彼自身の二十代をモチーフにしようという試みであっただろうから、その作品の時代背景はつまり、ゼロ年~十年代…

揺れる灯り

地震?と思って、天井にぶら下がった照明器具を見上げる。かすかにでも揺れていれば、地震だとわかる。ほどなくして揺れがおさまり、震度や震源地などを調べていたら、ふたたび揺れ始めて、しかもだんだん揺れが強くなってきて、向こうにある食器棚のグラス…

SWING TO BOP

リズムは途切れない、延々と続く。あまりにも果てしなく続くので、しまいには頭がぼーっとなってくる。それでも身体の揺れを止めることが出来ない。高揚が自身の内側を源泉として後から後から湧いてくる。4ビート自体が過激なほどの反復直進性をもっていて、…

新宿

新宿は多くの人でにぎわっていた。若い人が多いと感じる。僕らは大して用事もないし、新宿にはもはや年に数回も来ないけど、たまに来ると、新宿というのはたしかに楽しい街ではあるよなと思う。 昔から新宿のことは好きだった。中学生の頃から、映画を観に来…

たぶん悪魔が

新宿シネマカリテでロベール・ブレッソン「たぶん悪魔が」(1977年)を観る。公害・環境問題、エネルギー問題、核開発問題、動物保護問題…と、まさに七十年代的な時事問題という感じの場面。もちろんこれらの問題は今でも未解決ではあるけれど、何というか、こ…

原民喜

大江健三郎選、日本ペンクラブ編「なんともしれない未来に」より、原民喜の「心願の国」「夏の花」を読んだ。また、遠藤周作「影法師」収録の短編「原民喜」を読んだ。 遠藤周作「原民喜」では、東京に来てから自殺するまでの原民喜の姿が、主人公(遠藤)の視…

パン

パンが大好き、あんなに美味しいものはない、と言う人をうらやましく思う。僕は今まで一度も、パンの美味しさをわかったことがない。美味しいか美味しくないかの、違いそのものをわかる能力がない。これは幼少時における、小麦という穀物へのコミットに少な…

弛緩

志賀直哉「暗夜行路」で主人公の兼作が芸者を見る目の、欲望と自尊心を計りにかけて、それでも相手の付け入る隙を見てそれへと介入していく心理の描写が、的確であるがゆえに、じつにいやらしくて、これぞまさに男だなーと思う。もっとも兼作はじっさい芸者…

遊ぶ

志賀直哉「暗夜行路」前半の、だらだらと毎夜毎夜、芸者と遊んでるだけの日々。昼過ぎまで眠って、起きてから出掛けて友人と一緒に飯を食い、碁を打ち、夕暮れ前には前日と同じ家に行って、そこの芸者らとしょうもない遊びで時間をつぶして、そのまま朝まで…

続ける

昭和一桁の世代、つまり敗戦直後のインフレを経験した世代は、お金というものを容易には信用できないものだと色川武大は言う。父親の恩給が二百円とかあったはずが、ミカン一山が十円みたいになってしまっては、もはやそれを信用に値するものには思えないと…

武道の子

うちの最寄り駅のそばに、武道体育の施設があるので、その建物から武道系の競技を終えた高校生とかが、ぞろぞろと駅に向かって歩いているのを見かけることが、よくあるのだけど、なかには袴姿で、長い木刀みたいなのを腰に巻いた帯に差そうとしてなかなか上…

セルフレジ

セルフレジで、買い物かごから一つ一つ商品を拾い出してバーコードを読み取らせる。そのたびに、ピ、と音がする。すべての商品は、ピ、の音と交換されうる。金額をたしかめて会計ボタンを押す。これをやってると働いた実感がわく。セルフレジを利用すると、…

MEMORIA メモリア

ヒューマントラストシネマ有楽町で、アピチャッポン・ウィーラセタクン「MEMORIA メモリア」(2021年)を観た。睡眠不足のせいでところどころ意識が飛んだ…けど、なかなか面白かった。辻褄の合わなさというか説明のつかなさみたいなものに、ずっとモヤモヤさせ…

仕事

感謝の言葉を先方からいただくことは稀にある。 「助かりました。かなり無理を言ってしまったのにご対応いただけて、どの要求事項もこちらの要望通りであることを確認できました。こちらとしては申し分ない結果を受け取ることができました、ほんとうにありが…

三日前

ここ数日が非常にばたばたとせわしなかったせいか、月曜日の打ち合わせで話したことを先週の月曜日に話したことだと勘違いしていた。え、あれがまだ三日前のことだなんてうそでしょ?…と思って、ほとんど夢から醒めたみたいな、その現実から突然置き去りにさ…

ケガ人

後ろ手でリュックの中に手を入れてものを探ろうとしたら、おそらくノートかペンの尖った部分に刺さって、見ると薬指内側にほんの少し切り傷があって出血している。こういうとき、とにかく血がどこかにつくことに対して注意しないと、シャツだのジャケットだ…