「夫婦」


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CSで先週の金曜日に録画しておいたものを、やっと先程観る事ができた。「夫婦」は初めて観る1953年作品。久々の成瀬作品鑑賞である。始まって5分もしたらもう「おぉーー」と深く声に出して唸ってしまうくらい「良い」感じが横溢しているので、それだけで嬉しく思いながら堪能した。


物語の骨格は「めし」と完全に同一で、不意にあらわれた誰かのせいでそれまで円満だった夫婦の間に嫉妬や不安や誤解が生じて関係がギクシャクするのだけれど最終的には仲直りする。というもの。ただし他の作品と較べても、かなりコミカルで笑える感じに仕上がっている。「めし」と違って、本作では嫉妬や不安に苦しむのは上原謙の方である。同居みたいになった同僚の三国連太郎と杉が只ならぬ感じに見えて、それでやきもきするのである。「めし」の原節子みたいに女がヤキモキしてるのと違って、男がヤキモキしてるのは単純に可笑しい。上原謙はまるで虐げられてイジケている犬のようで、「めし」同様、かなり可愛い。


しかし毎度ながら演出の細やかさに陶酔する。。岡田茉莉子は冒頭とかにちょっとしか出てこないが、驚くべき俊敏な軽快さが素晴らしいし、杉が作り笑顔で三国をやり過ごしながらも、やはりまんざらでもなさそうな感じでもあり、冷静でちゃんとした応答の内側で、やはり軽いスリルにぼんやり興奮しているかのように見えるのも、とても良い。ほぼ着物か割烹着(少しだけ洋服)の姿で、クリスマス〜正月にかけての寒い季節が舞台なのでかなり厚着しているが、その姿はやはり美しい。最初に夕食するとき、三国に見つめられてふと目をそらすときや、外の店でかなり直接的に三国に言い寄られて「まあ大変」とか何とか云いながら受け流すところとかも良い。出張に行く上原と、三国と、玄関先に立ち尽くす杉それぞれの立ち姿は、それぞれがそれぞれ厄介ごとを抱えながらも、単に立ち尽くす姿を捉える事で、人間本来のあっけらかんとした素朴でシンプルな存在感が露になっているかのようだ。


白眉はやはり、怒って実家に帰ってしまう直前の杉が、怒りに任せ上原に思いのたけを延々ぶちまけるときのシーンだろう。…しかし、前にも似たような事を書いてるけど「一人の奥さんが鬱積した思いを全部亭主にぶちまける」などというシーンが、なぜあれほど呆然とする位の魅力を醸し出すのか?云うまでも無いが所謂、感情を吐き出す事で観てる人にカタルシスを感じさせるとかそういう事が狙われている訳では全く無い。それとは真逆の、恐ろしく冷徹な演出でセリフひとつひとつまで計算されている感じである。感情的ではあるけれど静かに、理路整然と思いを口にする。異様なのはその言葉がいつまでたっても途切れないという事で、その喋りの切れ目の無さが怒りの深さを物語る。(でも杉さんがあまりにも魅力的なので怖いとか憎たらしい感じに思えない。俺もああいう風に怒られたいと切に思った(笑))


あと…物語も終盤に差し掛かり、充分に堪能して満足して良い気分でいると、最後で冷水を頭から浴びせかけられるような思いにさせられた。…堕胎である。妊娠したかもしれないと告げる杉の見上げた顔のとてつもなく美しい事…しかしそれに上原が経済的理由から「生むのやめようよ。無理だよ」と返すのである。その瞬間杉さんはぐしゃっと顔を歪めて、泣いて嫌がるし、それでも二人で病院の玄関先まで行くのだが、杉さんはやはり躊躇して、やっぱり嫌で泣いて逃げ出すのである。そんなの当たり前だ!!上原バカかてめえは??って感じである。


…たしかに成瀬は作品内で女性に堕胎させる事が非常に多い。。しかし「子供がいない男女二人」を執拗に描き、生まれて来ようとするものさえ明確に拒否してしまうような、これらの作品群に一貫して流れている冷たい意識というのは何なのだろうか?「浮雲」とか「山の音」とかでも女たちは自分で「始末」してしまう…。そのあたりは物語の中で悲劇的な演出とかもされず、割とあっさりすませてしまう事が多く、そのせいもあり僕もそれまであまり気にした事がなかったのだが、本作は一番ショックでかかった。


っていうかこの映画では最後、結局堕胎は回避されるのだ。やはり頑張って育てていこうよ、というのが結論となって映画が終わる。生み育てる決意をした成瀬映画の登場人物をはじめて観たかも。…っていうか、だからまあ、ハッピーエンドなのだが、しかしなぜ一瞬でも生むのやめよう、だなんて考えるかなあ??と今回は心から疑問に思った。っていうかほとんどそれまでの話の流れと全然整合感がないではないか!なぜこの堕胎エピソードが挿入される必要があるのだろうか?…いや本作に限らず成瀬映画における堕胎はいつも極めて唐突なのだ。物語の都合上邪魔だからわざわざ「子供」を意図的に殺しているようにすら見える。いずれにせよほぼ常識的理解を超えたような、ある種のすさまじさが漂っている気がする。


…とはいえまあ、やはり時代背景とかもあるのだろうか?というか経済状況が今とまるで違う。子供一人を養うという事は確かに、今とは比べ物にならないほど厳しく険しい時代だったのだろうとは思うけど。