最強のDJは死んだ魚の目


鼻の調子が最悪。自分の存在すべてをクシャミに振り分けて、はくしょんはくしょん云いすぎてもはやクシャミに焼き尽くされたたかのような一日だった。秋花粉とかそういうのの影響だろうか。


ジェフ・ミルズのDVD「Exhibitionist」のA面「Axis Mix」45分間、相当集中して画面を食入るように観続けた。このDVDは2005年の発売直後に買って、わりと何度か観てるのだけど、今までは観てるというよりは、単に再生してその音だけ聴いてただけだったのだが、この3台のターンテーブルとミキサーを前にしたジェフ・ミルズ本人の一挙手一投足を、マルチアングルのための3台の固定カメラでひたすら撮影した映像を、これだけ真剣に観るようになったのは最近のことだ。いや最近になって真剣に観るよう心がけてるという訳ではなくて、過去に何度も観てる映像なのに、それまで漫然と観てたときには全然気付けなかった事がいっぱいあって、逆にそれらひとつひとつを細かくすくいとって驚いてる自分がいて、だから今までとはくらべものにならないほど、一瞬一瞬が全部、ものすごいものに感じられてしまって、どうしても目が離せない状態になってしまうのだ。


目の前の作品を「無視」するのはとても簡単な事で、それを「無視」したとか、ずーっと「無視」し続けたまま今日まで過ごしているとか、自分で自分の、そういう状況にすら気付いてないのが普通といっても過言ではなく、というか、普通に現代社会で生活してる人なら、今こうしている間にも目の前に延々と展開するさまざまなコンテンツがある訳で、ある程度「無視」もしていかないと生活自体が成り立たない。作品と人間の関係というのはいつの時代も難しい。そうそう異なる何かが出会うなどという事はないし、途中と途中が結びつく機会だって、そうそう無いのだ。その意味で作品と出会うというのは容易ではなくて、今回の僕のようにもう数年前から所持していて何度も観た筈のDVDですら、ちょっとその作品の意図というか、やってることの理由とか有様を、あらためて真に受けてみて、今までよりほんの少しだけ意識的に向かい合ってみるやいなや!…それまでなんども観てた筈の映像と音が、はじめてのときみたいな猛烈な勢いで、今までとはまるで違う様相をあきれるほど連続して吐き出し、ものすごい説得力でこちらのふところに飛び込んできたりもするのだ。知ってるつもりでいられる内が花なので、一度その気にさせられたらもうモノが云えなくなる。そんな強烈な吸引力をみせることさえあるのだから油断できない。


まあでも、やっぱりあのミキサーのあのツマミがEQであのレバーが縦フェーダーで、あのすさまじくすばやい手つきでおおよそ何をやってるのか理解できるかできないかは、かなり大きい。僕にはおそらく、ここでやってる事全てがみんな判ってる訳ではないのだが、それでもすごいと確かに思う。思うのだが、それと同時に、何というかこれは、所謂大道芸的な、誰が見てもすごいと思えるようなものではまったく無くて、むしろ結構大雑把で乱暴であり、そんなのありか?と思わされるような瞬間も何度かある。所謂、相当自分本位な図々しいプレイだろうと、改めて感じる。


「すごさ」というのは観てる我々が勝手に思うだけで、やってる本人は「すごさ」などまるで興味ないのだろうと思われる。というか、おそらくジェフ・ミルズは80年代のDJ時代から今に至るまで、やってる事の本質は変わっていないのではなかろうか?そう思わされるような、ほとんど最強の意味でのマン・マシーンであり、ことばの特別最上級な意味で、こいつは完全に目が死んでる、と思った。


観終わって、くたびれて、取り急ぎ流しに置きっ放しの夕食後の皿を洗い、その後シャワーを浴びた。お湯の出る栓と水の出る栓をそれぞれひねって適切な湯加減に調整するとき、なんだかジェフ・ミルズな気分が残っていたので、思わずものすごくせわしない手つきで、栓をひねったり戻したりまたひねったりしてしまった。。