夏の終りの夜


網の隙間を目ざとく見つけたカラスが生ゴミの入った袋をひとつかふたつ適当に引きずり出して嘴で掴んで頭をぶんぶんと振り回し破れた裂け目から零れ落ちる色とりどりの残飯を容赦なくついばみ爪をかけて薄いビニールをさらに大きく引き破ってぎっしりと詰まった内容物をあたり一面に盛大に散らかして昨日の夜の一家団欒の食べ残しの食器に残った残滓や台所の流しの排水口や三角コーナーに流されて粉々になって溶けて絡まって滓の集積となって溜まった野菜くずや肉片や何やかやのみずみずしくも生々しい残飯が、飛び散って散乱してふきこぼれて炎天下の下でフライパンのように熱されたアスファルトの上にばらまかれて激しく湯気をたてながらあたり一面にすさまじい腐敗臭を漂わせている朝の十時。


夜になって、何もかもが空気中の水分と見分けがつかなくなってしまった激しい蒸し暑さの中、何が混ざってるのかわからないような人肌くらいの温度のビールで八時くらいから飲み始めて、でもせめて十時には店を出たい。早く帰りたい。情けないことに若い者から先に倒れていくんですけど。せめて一時間でもゆっくりした夜の感じにしたいのだけれど。神田川は相変わらず汚れていて悪臭が漂っていて地下鉄の入り口は強烈なアンモニア臭が鼻を突く。いきなり立ち止まって甲高い声でくしゃみをして口と鼻から飛び出した大量の粘液を両手に受けスーツの適当な箇所にこすり付けてる眼鏡にスーツの地味で真面目そうな男。汗に濡れて酷くまだらになったシャツを着てぽたぽたぽたぽたと顎の先や耳元から汗が滴り落ちているのをもはや拭こうともしないでぼんやりしている女子高生。戻ってきた同僚の、トイレの床のおびただしい汚れを靴の裏にしっかりと染み込ませていて歩いてきた靴跡が黒々と道に残っていてそれを見たこっちの背筋が寒くなる。とりあえず橋の柵にもたれたまま振り返って下を見ると真っ黒な水の気配がするだけで何も見えないけど遠くの方はネオンを反射させて青白くぎらぎらしている。川。水の中も外もほとんど一緒。