くだらない


ものすごくいっぱい書いたとしても、あまりにもくだらないので、ここには載せないのだ。あるいは、あまりにも支離滅裂で、やはり載せないのだ。ここ半月ばかり、そういう感じで、載せる気になれない文章がいっぱいある。そういうのは、別途保管しておく。書くのは、相当書いてるのだが、単にだらだら書いてるだけで、何か立派な考えを順序だてて日々書き連ねている訳ではまったくなく、単なるメモ帳がわりで、そういうのを何も考えずに、ひたすら保管し続けていく。テキストデータ専門のゴミ箱みたいな感じである。いつか気が向いたら、適当に開いて読み返す日がくるかもしれないので、それはそれで面白いかも。


いらっしゃいませーこんにちわー!という挨拶の、あまりにも芝居がかった、愛想と社交性と真心の十二分にこもった声を聞くたびに、遅くとも五年後くらいには、チェーン店の接客において、カウンターの向こう側で、テレビドラマの大根役者がやるような恥ずかしい子芝居が演じられかねないなと思う。それにしても、よくもまあ、あんな猫なで声が出るものだと思う。まあでも蔑視されたい人とラクしたい人同士のやり取りなんだから、理に適ってるといえば適ってる訳だが。斯く言う自分もラクがしたいよ。

露店


さっき、眠くて意識が朦朧としてしまい、ついブログをアップしてしまった。あんな文章アップするつもりじゃなかったのに…。


立ち食い蕎麦屋で、これって本当に玉子かよ!?と怒鳴っている男がいた。半熟玉子が、どうみても本物には見えないらしい。では一体、何に見えるのか?そこがよくわからない。店員のおばさんが、うんざりした様子で、本物ですよー、本物の玉子ですよー、と機械的に繰り返しているのだが、男はなおもしつこく食い下がり、いやこれ違うだろー違うだろーがよー、玉子がこれじゃあ、おかしいだろうがよー、人をなめんのも、いいかげんにしとけよコラー、などとひたすら繰り返している。それが相当長いこと続いていて、こう着状態のままで埒が明かない状況なので、そのうち、店内全体を不思議な苛立ちがつつみ始め、カウンターの前での紛争に対して、本来ほぼ無関係なはずの他の客までもが、露骨に迷惑そうな素振りで、騒いでいる男をマトモに見返して、うるせぇなあという表情でチっと舌打ちしたり、うっせんーんだよお、と聴こえるか聴こえないか程度の小声で呟くなど、なにやら激しく不穏な空気が充満しはじめていた。


とはいえ、そのような苛立ちを共有しながらも、すべての客は皆、蕎麦を食うのに忙しいのだが。始終、ずるずるずるずるずると蕎麦を食う音が、あちこちから聴こえてきており、皆が激しい吸引咀嚼嚥下を繰り返しているというのは少しでも気にすればたちどころに感受される当たり前のことなのだが。だから、おそらくそのとき店内を覆っていた苛立ちとは、立ち食い蕎麦屋で食うこと以外の行為に精力を傾けている人間に対して意識以前の段階で、食事中の生き物である我々の心の中に避け難く立ち昇ってしまう原始の苛立ちであったのかもしれない。


お蕎麦?あったかいの?はーい。などと、店員のおばさんは新たに来た客の相手をする事で露骨にクレーム客を無視する。ワカメね。てんぷらね。はーい。お蕎麦?はーい。三百七十円です。お客さんお蕎麦?お蕎麦ね。はーい。…混み合ってきて、クレーム男がカウンター前の混雑を悪化させつつある。


後が続かないので、この話はここで終りだ。歩きながら缶ビールを飲むときの話に移ろう。そういうときは、なるべく早めに飲み干さないと、どんどんビールが温くなるのだ。とっとと飲み干すが良い。


それにしても、まったく何のうるおいもゆとりもない毎日で、酒を飲む暇すらないじゃんか。


最近、夜になると眠くなってしまう。夜更かしな人間だったはずなのに、最近はそうじゃなくなってきて、ちょっと気を許すと寝てしまうのだ。で、朝はわりと早く起きてしまうのだ。アラームが鳴る一時間前とかに、起きてしまう。何もかもが、今までの縮小再生産だ。集中力とかも長くは続かなくなっている。というか、集中力というもののイミテーションが動作しているのだ。いやだいやだ。そんなだったら、集中力なんて完全になくなってしまった方がマシだ。ほとんど自動操縦で生きる。行為も経験も、先取りされたパターンの内側でしか発生しなくなる。ばかみたいだ。ほぼすべての体験は、今まで一度以上参照されているものばかりなので、何を見ても、実質は見た先を見ているわけではなくて、自分の中の過去のキャッシュがコールされて適当に連続再生されてるだけの、途切れ途切れの、ブツブツと千切れた、欠片の寄せ集めみたいなものを、これからは体験と称してあらためて記憶にとどめて大事にしていくのか。同内容のリヴィジョン違いだけが延々と増えていくだけか。そんなのいやだ。とてもつまらない。数はもういいから、手ごたえだけほしい。内容なんてどうでもいいから、肌触り、あの質感こそがほしい。頬面を張り飛ばされて、身体ごと吹き飛ばされたい。でもおそらくもう、それは叶わぬ願いなのかも。だとしたら何をする?車の運転でもするか?ただ途方にくれながらぐるぐると周囲をめぐるか?


蕎麦は、うるさいことをいう人が山ほどいるので、それはそれで傾聴しつつ、でも立ち食い蕎麦なんかの「ゆでめん」でも、実にうまいと思える蕎麦というのはある。別に蕎麦なんて、これで充分だとさえ思う。「ゆでめん」というのはおそらくRolandの303とか909とかと同じようなものだろうと思う。要するにイミテーションなのにオリジナルを凌駕してしまった。いや、オリジナルが生成するヒエラルキーの世界を根本的に逸脱してしまった。とでも言うべきものなのだろう。


この話もここで終り。書いても書いても下らないことしか書かないので酷い。


人間の世界において、一定の評価を受けて、認められるということ。


それを目指している人の努力をうつくしいと思う。


でもつい、そんなのどうでも良くない?とか言ってしまったりもする。


でもやっぱり、努力してない人よりも、努力してる人が好きだ。努力してるから好きなのではなく、その人の努力を支えている幻想の強さを好きなのだ。


一人ぼっちは寂しすぎて、さすがに耐えられない。


寂しがりやだけど、毅然とした、誇り高い、ちゃんと自分を持った人が良い。


というか、なにが 良いのかは、なかなか事前にはわからないのだけど。


なんかいいね、という感じで良いのだ。元々の好みのタイプとか、そんなのは無い。

カレー


つまらない。書き直したい。でももう遅いし、実のところ、書き直すなんて、そんな気はさらさらない。


最近、夜になると眠くなってしまう。夜更かしな人間だったはずなのに、最近はそうじゃなくなってきて、ちょっと気を許すと寝てしまうのだ。


夏の終りの夜、の海。真っ暗な夜空と真っ黒な海の、防波堤沿いに漁船がたくさん連なって停泊していて、波が静かに打ち寄せる音と、木製の船体が波に揺られて、ぎしぎし、ぎしぎし、と軋むような音だけが聞こえてくる。


そうだった。あれはもう十年以上前のことで、で、当時ぼくはまだ、タバコを吸っていたのだった。適当な場所に腰をおろして、タバコに火を付けて、すーっと吸いこんで、ふーっと吐き出した。真っ暗な夜空に灰色の煙が吸い込まれていくのを見ていた。全神経が快感に打ち震えるような、好ましいとしか云い様のない、後ろめたいほど魅惑的な味わいが、口内から呼吸器を経由して脳内中枢を刺激する。うなだれて薄く目を開けたまま、ぼんやりと寛ぐ。蒸し暑い、夏の夜であった。塩の香りと波の音だけ部屋に戻れば、冷蔵庫の中には缶ビールがぎっしりと入っていて、それを思い浮かべるたびに、また嬉しかった。あるいは素麺のつゆがポットに入っていて、三束くらい茹でてそのつゆと生姜と刻んだネギでずるずるずるとかきこむように腹に収めて、その後はまた一服したものだ。たまたま録画したライブアンダーザスカイ1991年の録画したのを何度も再生させて聴いた。マーカスミラーの演奏。あれも夏の夜であるなあ。マーカスミラーなんてあまり好きじゃないけど、あの演奏だけは好きだの嫌いだのが言えない。


最初の30分は良くなかったですね。なんか、カッコつけてたっていうか、クールを気取ってましたよね。でも途中から良くなりました。良かったです。面白かったから良かったです。いや最初は良くなかったです。でもとちゅうからは良かったです。


それにしてもまあ、たぶん大きく外しましたよね。もっと無防備で、明るく社交的に、場合によっては、子供じみて甘ったれたような、だらしない態度で、そんな風に行ってさほど問題ないはずだという、そういう読みでしたよねえ。いや、そういうう思いこみがあったというのは、なんとなくわかります。でも現実を見ると、違いますよねえ。そうじゃなかったですよねえ。もう全然そんなレベルに達してないですよね。ほんのちょっとしたしぐさの変更ですら、受け入れてもらえなかったですよね。最初から、その程度の親睦でしか無かったって事ですよねえ。いままでの自己評価を、大幅に変更しなければならないことの悔しさとむなしさをかみしめて下さいね。実際、面接するのも疲れますよね。面接されてるのと一緒ですからね。一日中、志望者一人一人に、ずーっと審査されてるようなものですからね。


ところで、カレーのにおいがしますね。とりあえず降りてカレーにしましょうか。カレーね。そうだね。カレーってことで。

人のセックスを笑うな


何かをつくりたい、形にしたいという衝動に駆られたとして、しかし何をどうすれば良いのか具体的には何もはっきりとイメージできなくて、しかし「でもかたちにしなければいけない!」という自分自身への強い命令が発令されるとき、なぜそう思うのか。


去年「いないことを救う」というタイトルで保坂和志カンバセイション・ピース」のことを書いたときの引用「言葉を何度でも練り直し、同じことを何度でも考え直し、何度でも何度でも執拗にやり直さなければならない理由は何か?というと、それはいないことを救うためで、そのために言葉を、というより思考を、弱さから隔てて、それ自体として弱くない何かにしてあげなければならないからだ。」


はっきりとイメージできないから、それを救わなければいけない。ほんの少しだけでも、こちら側にいてほしいと思うから、書くのである。しかし、こうも言える。はっきりとイメージできないのだが、でもその時点で「救わなければ」と思っている時点で、その対象はそれだけの分、すでに今、そこに居るのだとも言える。実在したと言っても良い瞬間が、そこにはあるのだ。そういうことがありえる。


おそらく「イメージさせたい」のではない。考え方が、逆なのかもしれない。むしろ、ほっとけば勝手に「イメージされてしまう」のを、何とかして、そうではない状態にする、という事なのかもしれない。イメージなんていうのは、ある意味、とてもつまらないものなのかもしれない。少なくとも「イメージ」などという言葉で安易に話ができてしまう時点で、相当陳腐な型式の代名詞でしかないはずだ。イメージという言葉がすでに、何かの器みたいなものとして利用されるために待機状態な時点で、全然つまらないのだ。そんな陳腐な器に、僕の大事な何かをおさめなければならない義務など無い。


大事なのは、何かを作り上げたい、構築させたい、ということではなく、むしろ、それがかつて在った、のかもしれない、そう思いたい、ということを、なるべくはっきりと何度でも感じたい。そこへもう一度連れて行ってほしい、というようなことなのだ。それは、この私がこれから何かを作ります。みたいな能天気な話とは、全然無関係である。それは、ただひたすら、今ここと、今ここにいる私、というものから、身を引き離すようなものの考えかたの事である。


だから、目的がはっきりしないまま、それでもとにかく何か、人が行動する衝動に駆られることがあるとしたら、人をその衝動に駆り立てるのは、そう思わせるだけの、イメージ以前の「魅力」ということではなくて、何らかの「執着」と言い換えても良いのかもしれない。あるいは「未練」とか「復讐心」とか言っても良いのかもしれない。


急に物騒な言葉になってしまうが、個人的に僕がすぐれていると感じさせられる作品というのは、基本的に作者の「執着」の力が半端ではないものがほとんどで、たとえば先週読んだ、山崎ナオコーラ人のセックスを笑うな」という小説などもまさにそういう作品だった。すごく驚かされた小説。大好きな小説に出会えた。ある動かしがたい強い記憶の力というか、絶対に消し去ってはいけない、という強烈な思いが、激しく結晶化していて、圧倒的なパワーに一々殴られるような衝撃を感じ続けながら読んだ。


「執着」「未練」「復讐心」などというと如何にも嫌な感じだが、でもそういう深い力も感じさせつつ、同時にすべてを水のように受け入れて流していく軽くて透明なあきらめのような淡々とした水流が地下に静かに豊かに流れているような感じとでも言えば良いのか、いずれにせよそういう、まずそれが今すでに「ない」ということを、書く事で掬い(救い)とって、かろうじて作品に結晶させた感が、素晴らしい。結晶させることだけを目的にして、妥協無く徹底してやり遂げ、その後で、とりあえず小説的な形式とか「イメージ」みたいなものを、必要に応じて呼び出して、過去の資産同士が各部位で最適解を勝手に形成していくに任せて、勝手にかたちにおさまって、忘れた頃に小説としての形式をそなえて、人目にさらされる体裁を整えた「人のセックスを笑うな」という小説作品になった。そのような幸福な運動が起こったということの記憶でもある。


でも、くどいようだが肝心なのは、小説とか何とか、そういう事よりももっと全然切実なことが、ありったけの本気で書いてあって、それだけで充分だし、それ以上の余計なものは何もいらないという事を突きつけられるような作品だということなのだ。とにかくこれが書きたい、石に噛り付いてでも作りたい、というところから、すべてが始まって、「小説」とか「作家」とか、そういう枠組みが後から呼ばれてきた。こういう小説というのは、作家と呼ばれるような一人の人間でも、一生に一度くらいしか書けないような類のものなのではないか?とも思った。


それ以来「男と点と線」「長い終りが始まる」と続けて読んで昨日読み終わって、以前にも「論理と感性は相反しない」とか「この世は二人組ではできあがらない」も読んでいるのだが、そこまで読んだ時点でやはり「人のセックスを笑うな」が突出しているように思う。というか、突出しているのではなくて、それだけが、まったく特別な感じがする。読む前、正直言って「人のセックスを笑うな」というタイトルがあまり好きになれなかった(だから今まで読まなかった)のだが、いまや、素晴らしいタイトルとしか思えないのだから僕もころっと手のひらを返すものだ。

古着


吉祥寺で古着屋を三軒か四軒見1て何も買わず。色とか、襟とか、ステッチとか、ワッペンとか、どうでもいいような細かい部分ばっかり見て、その些細なところが気に入ったら買うとか、やっぱやめるみたいな、そういうことでしかないなあと思いながら、でも逆に、そういうところでしか選ぶ理由がないのだし、あれ、そういうところを見てるんだっけ?何を見て何を買いたいんだっけ?とか思いながら、まあそれは古着が、もともとそういう風に存在していて、というか、どの服も、はじめは例外なく、もともとの由来とかニーズから生まれて、みたいな、もっともらしい、如何にもな、きいたふうな話が思い浮かんで、でも何ヶ月か何年かして、色々の、紆余曲折あったのち、とりあえずの役目を終えて、またさらに何年も経過して、なぜか日本とかに来て、武蔵野市の一角に、とくに何のあてもなく、あっさりぼんやり、ぶら下げられるようなことになってしまって、それを今僕みたいなものが、それらを物色しながら、それぞれの洋服たちの来歴を、あれこれ想像したり…するのも、楽しいといえば楽しいし、まあ、実は別に、そんなことは別に、楽しくないというか、まあ、どうでもいいといえばどうでもいいが、どっちかっていえば、まあ、楽しいかもしれない。でも何も買わず。まあ、でも面白いからまた来て色々物色しよう。安いし。音楽は、今日は、ざらっとした、べたな、いなたい演奏が聴きたかったのだが、iphoneには入れてなかったので、頭の中で空想した。

自転車が走って行く


自分の脇をかすめて、自転車が走り去っていった。後ろから自転車が来ていたのだ。後ろから来た自転車が、僕のすぐ近くを通り過ぎて行った。自転車は、僕の目の前からどんどん遠ざかっていった。しかしふいに、間近に金属の物体と人の気配が唐突に近づいてきた感触だけは、いつまでも身体の傍から消えない。自転車はいつも、背後からふいに来るのだ。この前など、あの細くて大きな、ぐるぐる回転するゴムのタイヤが僕の靴のかかとをぐりっと踏んで、そのまま何事もなかったかのように、その自転車はいつものように、背後から僕の傍を通り過ぎて、走り去っていった。タイヤに踏まれたはずの僕のかかとは、さいわいとくに何ともなく、靴の表面もとくに何の変哲もなかった。しかし僕は、それを危ないと思い、憤りを感じて、さすがに相手の顔を見た。どんどん遠ざかる相手の背中ではなく、なぜか顔を見た。なぜ見る事ができたのか不思議だが、顔が見えた。相手は妙に生真面目そうな、余計なことを考える気など全くないような表情で、口元を硬く結んだまま、ただひたすらペダルを漕ぐことに集中して、自転車をぐんぐんと進めた。でもたぶん、僕に顔を見られていることをずっと意識していた。僕はそれで、追跡をあきらめた。追跡をあきらめたと言っても、視線の先を元に戻したというだけなのだが。で、さらにそのとき僕の背後には、すでに子供が二人で並んで自転車を漕いでいて、やがて車間距離を空けて僕を左右から挟みこむような感じで追い抜こうとしていた。その様子は、当然ながら、僕の背後の状況なので、僕からは見えないので、その情景は想像上のものだが。歩いている自分にしてみたら、自転車というものはいつも大抵、ふいに背後にあらわれて、風を舞い上げて自分を追い越し、そのまま前方に走り去っていくようなものなので、僕が歩いていたら、左右から自転車があらわれて、自分を追い越して走り去っていくような感じだったところから、子供が二人で並んで自転車を漕いでいて、僕を左右から追い抜こうろしている状態を知ることになった。そのときふいに、間近に人が来た感触はあまりなかった。子供が、前傾姿勢で必死に自転車を漕いでいるのを、あたかも並んで並走している列車の客室の窓から僕が見ているような感じだった。しかし僕も移動中の身だが、自分の移動スピードと彼らとでは速度が違いすぎた。右と左に分かれて、僕を追い越した子供たちの自転車は、前方でふたたび二台ゆっくりと距離を近づけて元の並走状態に戻りつつ僕からはぐんぐん遠ざかり、たちまち見えなくなった。

小雨


もっと雨が激しくなるのかと思ったが、さほどでもなかったのかもしれない。でも一日中屋内にいたから降雨の激しさに気づいていなかっただけかもしれない。ニュースサイトで都心のある一角が激しい浸水に見舞われたなどという速報を流していたような気もしなくもない。だとしたら実際雨はかなり激しかったのかもしれない。でも僕が会社を出たら外の景色はいつものとおりで、夜のくぐもりの中行き交う歩行者を除けながら昭和通りを歩き和泉橋を渡り黒光りする神田川の水面を見つめているうちに細かい霧雨の小さな水飛沫が顔に満遍なくかかって顔中がしっとりとしただけのことでそのまま傘すら挿さずに帰ったのだ。だから、もっと雨が激しくなるのかと思ったが…

初秋


朝の唐突な外気の冷たさについて、周囲の人々と確認するために今日一日を使う。人によってはこちらが話しかけるよりも先に向こうから声をかけてくる。今日は涼しいね!びっくりだね!僕も呼応する。本当だね!涼しいね!びっくりだね!!無反応な人には、こちらから水を向けてみる。今日は涼しいね!そうするとほぼ返答が返ってくる。ああ確かにね、すごく涼しいね!だよね!涼しいよね!と返す。とにかく、空気が昨日とうって変わって涼しいことはたしか。それをなるべくたくさんの人と確認するように心がけた。秋になるね!秋だね!僕だけではなくて誰も彼も皆も等しくこれからは秋だね!という確認に努めた。

妙齢


Perfumeを相当ヘビロテで聴いてたのは2006〜7年あたりで、それ以降急速に興味を失った。ポリリズムでブレイクした当時で既にあまりにもベテランっぽくて、下積みが長い事の弊害というか、場数をこなしてきたメンバーの鍛えられた現場感覚と瞬発力の、実績や経験に裏打ちされた実力の成果が、すべてのショウビズ的場末的な徒労疲労感の醸成に拍車をかけていて、こんなストリップ劇場のステージを知り尽くした大ベテランを見るような強烈な安定具合は直視できないのでちょっとカンベンだわ、と思った記憶がある。最初はちょっと新鮮だったとしても、何年も経つとやはり色々な事が上手くなって、こなれてしまうという感じがどんどん強くなって、踊りや振る舞いやしぐさや表情や、そういった何か、メンバーがいる事で醸し出されるすべてのイメージが、あっという間にこなれて、驚きや新鮮さをなくして、かわりにスムーズな機械的手順の洗練だけが進行していって、それが自分にとってのPerfume縁の切れ目というか、急速に興味を失い始めたきっかけだったのだが。しかしそれにしても最近のPerfumeはなぜ、あれほど場末感とくたびれ感と水っぽさを漂わせているのだろうか…。そう思うのはもしかして僕だけか?…っていうか、もしかすると、それっていわゆる「十八歳」とか「十九歳」の女性が、「二十二歳」とか「二十三歳」になりました。という感じの事を指し示すのだろうか??いわゆる「キレイになったねー」とか「大人っぽくなったねー」という感じでもあるが、同時に「えっと…だねぇ」という、言葉にするのをあえて自粛してしまうような、そういう(妙齢の?という言い方で良いのかわからないけど)女性一般から受ける、ある種の感触の事なのだろうか?こういうことを書くのは、まあ、ある意味とても下品な事だと思うけど、いや、でもそれ(そういう変容そのものについて)って、別に悪くはないと思うけど。妙齢という言葉の意味をよく知らないのだけど、いわゆる皮肉で使われるのだろうか?僕はこの言葉はそんな意味では使いたくないな。なんかもっと肯定的に使いたいな。時間が経つにつれ、なんとなく、興味がなくなってしまうような感じって、なんか、良いよね、という話をしたかった。

上戸彩


地下鉄の入り口に入る手前で、よかったら酒でも飲んで行かないか?ちょっと付き合えよ、とその人に言われて、それがすごく嬉しくて嬉しくて、はい。行きます!わーい!!やったー!と思い切り叫んでしまって、そのままふざけた調子で相手の腕にしがみついたら、うわぁ、なんだよお前は!やめろよ変態かテメーは!!とその人が怒ったので、へらへら笑いながら手を放した。それで、そのままガード下の汚い店で差し向かいに座って飲んだ。僕はもう、そうやって二人で飲めるのが本当に嬉しくて嬉しくて天にものぼるような気持ちで、麦酒をぐーっと飲んでもちろんすごく美味いのだけど、その美味さもほとんどあまり感じないくらい、今のこのシチュエーションが嬉しくて、それで、そのまま自分が上戸彩になってしまえればいいのにと思った。なぜなら、その人は上戸彩のファンだからだ。ああ神様!一度だけ、願いをかなえていただけるのであれば、今日一日だけ、いえ、一時間だけで結構ですから、この僕を上戸彩にしていただけませんでしょうか?それがかなえば、僕の向かいに座ってるその人はきっと、すごい喜んでくれると思うんです。ほらよく、テレビなんかで誰かが急にイケメンになっちゃうような感じのヤツでお願いしたいです。何とかなりませんか?だって、その人はきっと、僕なんかと一緒にいてもつまんないんです。僕なんかよりも上戸彩とサシで飲めた方が、ずっとずっと楽しいに違いないんです。それに、上戸彩みたいな芸能人と二人で酒が飲めるなんて、後々すごく良い思い出になるでしょうからね!だから、神様どうかお願いです…とかなんとか、ばらばらにほぐれた思いがいつまでも頭の中でくるくると渦を描いていた。


そしたらしばらくして、どうやら願いが、あっさりかなってしまったようなのだった。僕は確かに今、上戸彩だった。ふと下を見たら、着てる服が可愛い感じで、その洋服の下の自分の痩せた小さな身体の感触を感じて、白くてか細い自分の両手をじっと見つめて、ああこりゃおそらく今、上戸彩なんだな、と思った。


さあ今なら、目の前のその人に、この姿で、どれだけ喜んでもらえる事だろう!ああ嬉しい!その人がよろこばない訳ないんだ、気に入らない訳ないんだ。だってそうでしょう?…はじめまして、私は上戸彩です。お酒、まだありますか?頼みましょうか?飲み方どうしますか?今日はもういいからたくさん飲みましょうよ!ね?ずっと一緒に飲みましょうね。私が、すぐ横で、何杯でもお酒をついでさしあげます。焼酎にしますか?チェイサーと氷ももらいますよね。食べたいものも言って下さい。メニューこっちです。なんでも注文しますよ。言ってください。すいませーん!すいませーーん!!注文いいですかーー!!大声出さないと店員さん来てくれないですね。おいしいですか?毎日大変ですか?ゆっくり飲みましょう。楽しんでますか?くつろいでますか?たくさん酔っ払ってくれていいんです。私がずっと、おそばにいますから。


店を出てからしばらくして、やっぱり悪いから。と言って、もう一万円払って、そしたら財布の中に昼食のときもらった蕎麦屋の生ビール割引券が入ってたのに気づいて、あ、じゃあサービスでこれも、とか言ってふざけて差し出して、そのままふたりであはははと笑った。

バーネット・ニューマン


川村記念美術館でバーネット・ニューマン展。相変わらず佐倉は遠いが、川村はやはり良い。


アレキサンダー・カルダーの特集展示っぽい小さなコーナーがあって、これが大変良かった。カルダーの素晴らしさを改めて感じた。吊り下げられたいとおしくも好ましいかたちの小片が、空調の風に促されてゆっくりと回転していたり移動していたりするその移ろいを見ているだけで充分に面白いのだが、その構造が、いわゆるモビールで、支柱からぶら下げられて重量の配分を計算され適切な配置を施された上で、計算ずくで実現されていて、その計算ずくである事が自明になっていること自体も面白い。製造工程には偶然の要素など存在せず、完全な予定調和によって作られていて、まったく不思議なことなど何もないのに、それがこれほど面白い結果を出力し続けることそのものが面白い。僕の中の先入観としてモビールなんて単なるモビールだというのがあったのだが、実際にモビールを見ると、ああ、モビールって実に不思議で面白いものだという事をまざまざと感じさせられる。まあしかし、モビールなら何でも面白いわけではなくて、そこはやはりカルダーが面白いということだが。ちなみに美術館の外の公園にはたくさんのハギ(萩)が生い茂っていて、その葉のかたちと在り様が、あまりにも美しくカルダーに呼応していた。


ほかに、本日の印象的だった作品だと、ジョセフ・アルバースとか、あと妻が今日はステラがなかなか気持ちよかったと言っていた。僕も川村に行くたびにステラは良いなあと思う。80年代以降のヘヴィメタルなステラ。その例えで言えば、ステラの作品はもっとも高品質なヘヴィ・メタル・ミュージックという感じで、重機械的な重々しくどろどろとした暗くて陰鬱なものから遠く離れた、金属の明るさというか、軽さというか、ブライトネスな感触というか、そういうのが金属の重たさと渾然となっていて、まさに軽快で乾いた明るくて心地よいヘヴィ・メタル・ミュージック的な音圧をずっと聴いているかのようで快適。


快適といえばロスコルームも快適きわまりない。なんだかんだ言っても、ロスコルームに居るとこのまま何時間でもここに居ていいやという気持ちになる。ある種の幸福感を否定できない。この、今自分が感じているこの幸福感とは一体何なの?という疑問もあるにはあるのだが。


その意味で、ニューマンはロスコルームほどのわかりやすさはない。しかし、やはりニューマンはニューマンで、ニューマンを観るというのは自分がニューマンと同期するという事なのだと改めて感じる。時間は、いくらあっても足りない。なにもあたえられないからこそ、ありとあらゆるものを感じずにはおれない。その在りかたそのものだけを信じつつ、おそろしくとめどもない心の動きを感受し続けるだけ。


インタビューで構成された30分の映像作品(60年代のテレビ番組)が上映されていて、それが面白かった。ニューマンがカメラに向かって「芸術家をカメラで撮って何の意味があるのかね?仮にミケランジェロピエタにノミをいれてる映像があったとしても、それが一体何の価値があるのかね?」なんて言っていて、確かになあと思ったが、でもニューマンという人のそういう感じを映像で見ることができる事の面白さっていうのは、やはりすごくある。なるほど、こういうおじさんなんだなあと思ったし、生涯をほぼマンハッタンで過ごしたという文字的情報と、実際にマンハッタンを歩いてるニューマンの映像を見るのとでは、やはり相当色々違う。それにしても喋りがすごく上手で面白いおじさんだ。

1997


自分にとっての1997年を「あのときは最高だった」だなんて、よくよく考えると、そんな事は全然ないはずだ。冷静になって色々な出来事を思い返してみれば、むしろ、ほとんどろくなことがなかったといってもよいはず。なのになぜ1997年という年月を、自分のなかで何か特別な感じのひとときと思っているのか。よかったのか、それとも悪かったのかは、結局、現実に起こった出来事と、あまり関係ないということかもしれない。だとするなら、たとえばこれからの自分が、どこへ行こうがどのような状況が訪れようが、やはり結局は、そういう流れとは無関係に、勝手に心の赴くままに、よかったり悪かったりするに過ぎないのかもしれない。そういう事ならそれはある意味、救いでもあるし完全に終わってるともいえるのかもしれないが、結局はそのどちらでもなく、実際その局面に来たとき、救いとか終わってるなどという言葉が生成される場所とは別の、目の前に如何にもな感じの空間の広がりがあって、その空間独自の奥行きや豊かさがあって、すでにそこに生きるという事でしか自分がありえず、救いや終局や悲劇やヒューマニズムみたいなものと根本的に無縁な時間の流れを受け入れるだけなのだ。だから、それはそれでかなしくもうれしくもないし、話を冒頭に戻せば、おそらく僕にとっての1997年というのは、かなしくもうれしくもなかった時間なので、単にそれを懐かしんでいるのだろう。…それにしても、まあこの十年、酒も飲みすぎたしカネも使いすぎたなあとは思う。

死のクルマ


これはやばい。本格的に来た。ついに年貢の納め時かと思ったら、今回はセーフだった。なんだこの心臓の悪さは。思わず電話の相手に「ジェットコースター乗ってるんじゃないんだからさぁ…」と呟いてしまう。


死のクルマ。次に誰が乗るのかのくじ引きが毎日行われていて、皆がじっと待機している。べつにここにじっとしてなければならない訳じゃないし、逃げ道もいくつかは思いつくけど、でもどうあがいても結局は、最後には人に頭下げないと、生きていけないのは変わらない。だからそこはもう、仕方がないじゃん、観念しなさいよ、との事で、まあたしかにね、ということで、現状きれいさっぱりあきらめた。やがて別室に呼ばれて、結局自分が乗る事になった。運命確定。自ら行く、とまでは云わなかったけど、でも自分のまなざしが結果的には相手にそう感じさせてしまったかもしれない。恐怖と不安と怒りと悲しさで、もう沢山だ、もう懲り懲りだから、むしろ早く俺を乗せろ、という表情で相手を凝視してしまっていたのかもしれない。いずれにせよ、いまはなるべくさっぱりした気分でいることにする。喜びであれば、水が湧くみたいにさーっとあふれてすぐに乾いて跡形もなくなるように喜びたいし、怒りをあらわすなら圧縮した光で相手を射抜くような白熱の怒りを放ちたい。そういう感じで自分というシステムを稼動させるように準備をしておきたいと思っていた。朝の澄んだ空気。秋がきた。とてもさわやかな一日のはじまり。


去年からお互いずーっと一言も喋らず目も合わせなかった人と、エレベータに乗り合わせたので、久々に話しかけてみた。俺もついにあれに乗る事になっちゃったよと言ったら、相手は静かな微笑をもって、あぁそうなんだ、ついに刀折れ矢尽きたな。四面楚歌だな。万事休すだな。と言った。そうだねと言って自分も笑った。相手もそれに応えて朗らかに笑った。なんの他意もない笑顔に見えた。


まあ結局ドタキャンになって、またしばらく、このままの日常が続くらしい。でもいずれ乗ることになるだろう。こんな毎日せいぜい半月程度しかもたないだろう。そう思ってた方が精神衛生上いいってものだ。

終わりのとき


今日ははっきりと外が涼しい。歩くと体の前面にあたる風が冷たい。半袖で歩いていて、やや肌寒いと思っている自分をさらに新鮮な感じに感じ直す。


小説を読み終わるときも、映画の終わりでも、あ、終わった!といつも思う。それはいつも軽くショックである。音楽だと例えばアルバム一枚聴き終えても、あまりそういう感じはしないが。本なんかだと、物語が終局へ向かいつつあって、かつ残りのページ数がどんどん少なくなるのはわかっているので、これはもうまもなく終わる、というのは頭の中でしっかりとわかっているはずなのに、それでも実際に最後の行に辿り着いたときは、常に例外なく「え!?」というようなショックがある。「あ!終わった」みたいな感じ。そう思わない本もあるが、そう思う本の方が多い。あれってなぜだろうか。物語の意外さとか感動とか、そういう驚きではなくて、終わってしまうことそのものの驚きというか。今まで動いていたものが停止してしまったという事実への驚きというか。何かが死ぬ瞬間を目の当たりにした驚き。という感じに近いかもしれない。

男子


座席の端に寄りかかっている高校生男子。履き潰す寸前のぼろい革靴を片方だけ脱いで、くるぶし下くらいまえの丈の白い小さな靴下を座席に乗せ、立膝を突くような格好でふんぞり返っている。筋肉や腱が透けて見えるかのような薄い表皮のなめらかな向こう脛を見せつけている。痩身。小麦色の肌。頬骨や鼻梁の肌の張りと鈍い光沢。身体のねじれに引っ張られたかろうじて上半身を包むシーツみたいな白いシャツ。グレーの制服ズボンはわざわざ腰骨の位置にまでずり下げられて、わき腹から下腹部にかけてを白く薄いシャツが部分的に露出を防ぐべく覆う。膝にのせた腕が力を抜いてまっすぐ前面に投げ出されて、繊細な筋の走った手の甲が死体の手のようにぶらりと五本の指をうなだれさせて下向きに垂れ下がる。水平な顎の線をくっきりと見せ付けるように、頭部全体をこころもち上に向けて、目線を向かいの窓ガラスの上部あたりへ。ぼんやりと見るともなく見ている。だらしない身体の所作の、行儀の悪い、幼くて狭量な、聞き分けのない、愚かで低脳な、媚びて甘ったれた、狡猾で卑怯な、絶望的なまでに凡庸な者。男子。そのような態度で周囲に自分を見せ付けることをちゃっかり計算に入れている浅ましさ。しかしそれらすべてひっくるめても、その幼い自尊心が満たされるか否かの場とは別の空間において、ふつうに彼の外見は魅力的なのであった。如何にも高校生な、如何にも十代の眩しさに魅了される。格好付けてるバカがちゃんと格好良いと見る側も救われる。

駅前


一時間に一本の電車に乗って、停車駅に降り立った。駅前にはロータリー。タクシーが数台。営業車が数台。分譲中のマンションの旗が風にばたばたはためく。如何にも秋という感じの刷毛で引いたような雲の青空。まばらな建物のシルエット。すべてが間延びして隙間だらけな、すかすかの空間。人を待つためにしばらくその場に佇んでいたら、何台かクルマが走り去ってしまった後、駅前とは思えないような、ちょっと驚くくらいの静寂が訪れた。いつまでこの静けさが持続するのか、固唾を呑んで待っていたら、やがてかすかに、軽快なエンジン音が近づいてきた。一台の軽自動車が、目前の駐車場に停まった。エンジンが停止して、また静寂。ドアが開いて、長い金髪にサングラスをした女性が出てきて、荷物を持って、そのまま駅入り口まで小走りに駆けはじめた。黒いスパッツに華奢なサンダルで走る。プラスティックのような軽さのカッカッカッカッカッカッカッカッカッカ、という音が、静寂に包まれた空間全体に響き渡って、余韻を残しつつ、やがて人も音も駅構内に消えた。その後タクシーが戻ってきたりして、ふと気づいたらもう静寂はなくなっていて、ふつうに駅前らしさが戻っていた。

水溜り


約束の時間にまだ15分ほど早かったので、玄関の前で待った。九月半ばとなってもいまだ日差しは相変わらず強かったが、日陰に入るとやり過ごせる程度には気温も下がっていた。ポケットの中の名刺入れを確認して、重い鞄を手にぶら下げたまま、濃い緑の木々が生い茂る山々をぼんやりと見ていた。近距離の山々の、肉眼ではっきりと確認できる起伏の感じはすごく生々しいというか、物質のボリューム感が強く感じられた。木々に覆われているので地形としてのあらわれではないにも関わらず、だからこそむしろ隆起の度合いを強く想像させるように思えた。こういう隆起に自分の身体を直に這わせてみたいというのが、人を登山に向かわせる欲望なのかもなあと思った。それでふと自分の立っている地面に目をやれば、アスファルトの敷地内のところどころに、おそらく朝方まで降っていたであろう雨によって出来た水溜りがあって、その水面は庇によってさえぎられた日陰と日向によって、まるで黒と白のように二分割されていて、白い日向のほうには秋の青空がくっきりと写りこんでいた。秋らしいかすかな風が吹くたび、水溜りの水面は神経質なほど細かな波紋をたてて写りこむ青空を震わせた。

ドガ


横浜美術館ドガ展。作品数も多く見ごたえ充分の展覧会だが、しかしこの画家の残したおびただしい数のデッサンやタブローのほんの一部、この作家の仕事のわずかな部分しか、ここにはないはず。当たり前だが。しかしそれらを観るというのは生易しい事ではない。観るなら本気を出さなければいけない。その作家と共に生きるような気持ちで、その作家の傍らで作品を見せてもらうように。でも、それでもその作家の仕事の全容なんてものは、いくら頑張ってもわからない。たぶんかりに何日もかけて、その作家の全作品を観たとしてもわからない。なぜならその作家の作品を観ながらも、自分の人生もとどまる事無くひきつづき進行中だからだ。作品の作り手も観ている方も共に流される一方で、安定した場所で自分や他人を眺めることのできる機会など、生涯のうち遂に一度たりとも訪れない。出会いは常に起こり、色々なかたちになって、後から後からあらわれては、次々と消滅していく。


それにしても、デッサンとかクロッキーってなぜ、その行為をするのか?しかも何枚も何枚も、百枚とか二百枚とか、ひたすら描いて描いて、たまに、おー!と思えるのが出来て、それを後から気づく。あぁこの感じを探してた。というか、いや探すべきはここだと、いきなり振り出しに戻る。いずれにせよ、とにかく描いて描いて描きまくる。ドガの中期以降のドローイングを見るのは、ほとんど息苦しいような感じ。対象に酔うこともなければ描く事の快感も年月の積み重ねに洗われて擦り切れてもはやなめし皮のように光っているだけ。ただひたすら、まさぐり鷲づかみして突き放してまた掴みかかる事の飽くことなきくり返しで、もがき苦しみ泥沼を這いずり回っているような感じ。20世紀以降の彫刻家の仕事。何かをえぐり出すときの抵抗感のような、なけなしの手ごたえだけが手がかりのすべて。実際、デッサンとかクロッキーってどれのことをいうのか?あの一枚一枚がそうなのか?それともその向こう側の何かだろうか?(何かがあるのだとすれば)


そもそも「踊り子」に手を出した時点で、もう後戻り不可能だった。新古典主義的な構造の枠内で構築し続ける事で垣間見える未来の困難を、踊り子のフォルムとムーヴマンを追う事で内側から溶解させたいと思った。色彩ももう、黒を使う事に抵抗を感じはじめてね。フォルムもそうだ。タッチもそうだな。昔からモネの仕事を悪くないと思ってますよ。踊り子は、フロアで群集がそれぞれ勝手に動き回っていて、それぞれが視界の中で騒々しく揺れ動いている、その捉え方の手ごたえを何度も確かめて、これなら同じ主題で何度でも何度でもやり直せそうな強靭なモティーフになりうると思って、久々に気分が明るくなった。別に踊り子じゃなくても雌鶏の群れとかでも良かったかもしれないが、まあ動きは人間の方が面白いだろう。


ドガは金持ちの息子で30才過ぎまで親の援助でイタリアに三年も留学し、帰国後もずっと制作だけの生活をしていた。親の死後は負債返済のため売るための絵を描いたりもしたが、既にある程度名声も確立していたので経済的にはそれほど困窮しなかったようだ。資本主義的なものに自分の時間を割かれなかったし、資本主義的な価値観にも囚われなかった。それは労働から免責された、ということ以上に、自分の取り組みを何らかの「成果」に落とし込んで計上させられる義務から免責されたということだ。自分の行為を「パフォーマンス」として評価対象のかたちに準拠させなくても良かった。いや、準拠させないでやり過ごすことの不安や恐怖から自由だった。(でもさすがに、完全に自由ではなかっただろうが。)


しかしドガって、どうして初期の新古典主義的な時代にいきなり華々しくデビューできなかったのだろうか?技術的には相当なものだったろうから、そこでもうちょっと上手くやれば、ちゃんとサロン的世界の中で生きていけた人なのだろうけど、でもそうはならなかった。…とはいえ、結局サロンで成功しようが失敗しようが、ドガドガでしかなかっただろうし、結局は同じことだったろう。ドガは、頑固で気難しく、他人ともあまり打ち解けない孤独な人であった。


でも喧騒は嫌いじゃない。実は寂しがりやなんです。意外と、多様に、節操なさ過ぎなくらい色々なことにチャレンジする画家である。人から影響も受けやすい。そして、終結させない。やったらやりっぱなしである。というか、いつまでも手を入れ続けていたいタイプである。すごく色々なことを考えて、考えすぎなところがあります。でも作品はたぶん意図したところとは違う方に行ってしまいがちである。というか、自分にもよくわからないような絵を描いてしまう。でもそれがまた面白いと自分で思っている。


世間をあっと驚かせたり、インパクトで圧倒させたりするのは、実のところわりと嫌いじゃない。センセーションとかスキャンダルとか、にぎやかでいいじゃないですか。世間をわいわい言わせるのは、まあ楽しいことだ。いつも孤独なんだから、たまには騒がしいのも悪くないだろう。


しかしドガはやはり、新古典主義な人で、真の意味で新古典主義批判の人なのだと思う。そういうところが、僕なんかはドガのとても好きなところである。恥ずかしい話だが「浴女」の背中から肩にかけてあたる柔らかな麻の光を見ると、感傷があふれてくる。この光は何の手がかりもなくひたすらもがき苦しみながら20世紀を迎えようとしている画家が見た、ほんの一瞬、恩寵のように降り注いだ朝の光なのだと。もうすでに壊滅的なまでに混沌とした仕事の積層の向こうに、決して明るくはない来世紀の光が差し込んでくる。


ちなみに本文はすべて僕が想像した事で史実ではありません。

東海道本線


東海道本線は、東京都千代田区の東京駅から兵庫県神戸市中央区神戸駅までを結ぶ鉄道路線(幹線)である。このほかに品川駅 - 武蔵小杉駅 - 鶴見駅間(通称品鶴線)、大垣駅 - 美濃赤坂駅間の支線、および多数の貨物支線を持つ。


新橋から東海道本線に乗って横浜へ向かった。車窓から外を眺めつつiPhonewikipediaの「東海道本線」を読んだら、すごい名文というか、素晴らしい文章に思った。自分が今ここで紹介されている鉄道機関で移動している事を誇らしく思った。


日本で最初に開業した鉄道である新橋駅(後の汐留貨物駅)−横浜駅(現在の桜木町駅)間を含み、首都東京から横浜・静岡・名古屋・京都・大阪などのおもに本州の太平洋側の各都市を経て神戸までを結んでいる。
 路線の名称はかつて江戸と京都を結んでいた東海道から取られており、東海道本線もおおむね東海道に沿う経路となっているが、厳密には一部(熱田 - 草津間)は美濃路中山道に沿っている。現代では東海道本線と並行する主要道路として東名・名神高速道路および国道1号が存在するが、いずれも東京・名古屋・大阪の三大都市圏を結んでいるものの、一部区間では経路が大幅に異なる地区がある。
 日本を代表する動脈だが、遠距離の旅客輸送は東海道新幹線に譲り、並行する東海道本線の旅客輸送は地域輸送が中心となっている。一方で、全区間を通過する多数の貨物列車がJR貨物によって運行されている。気候は関ヶ原付近を除くと通年温暖で、改良により勾配も抑えられている。「平坦線・暖地向け」「幹線機」として事実上、同線向けに開発された車両も多数ある。


僕の乗っているこの列車は「熱海行き」である。線路は、さらにその先へとつながっている。どこまでも、東海道を行く事もできるのだ。途中で温泉に入って旅の疲れを癒そう。そしてまたふたたび列車に乗り込み、流れ行く景色を眺めよう。駅弁を食い、ビールを飲もう。ピーナッツを食べよう。少し眠ろう。いや、横浜まではすぐで、20分かそこらで着いてしまう。あの特急電車に乗らなきゃダメだ。


JR東日本管轄の東京駅 - 熱海駅間(品鶴線含む)は旅客営業規則の定める大都市近郊区間の「東京近郊区間」、JR西日本管轄の米原駅 - 神戸駅間は同「大阪近郊区間」に含まれている。そのうち東京駅 - 大船駅間と品川駅 - 武蔵小杉駅 - 鶴見駅間、京都駅 - 神戸駅間が電車特定区間、加えて東京駅 - 品川駅間が東京山手線内に含まれ、区間外より割安な近距離旅客運賃が設定されている。
 また、東京近郊区間はIC乗車カード「Suica」の首都圏エリア、JR東海管轄区間のうちの函南駅 - 関ヶ原駅間は同「TOICA」のエリア、大阪近郊区間は同「ICOCA」の近畿圏エリアに含まれている。これらのIC乗車券は相互利用が可能で他社エリアでも利用可能だが、各社エリア間をまたがっての利用は不可能となっている。


なぜ今ここが西日本だということがわかるのだろうか。JR西日本管轄の路線に乗っていたって、それを指し示すわかりやすい指標などどこにもないのだ。だのになぜ、今西日本だということがわかるのか。身体が察知するとしか言えない。列車はなおも進み行く。目的はない。IC乗車カードの種別も関係ない。僕は無期限のフリーパスを持っているのだ。だからどこまでも行くだろう。向かいに坐っている高峰秀子が目に涙をいっぱいに溜めながら「降りましょう」と呟くまでは。

Play with fire


辛いものが好きで、唐辛子のペーストとかタバスコとかハバネロソースとかを各種用意して、食物にこれでもかとばかりに降りかけるのである。小さじですくって、具材になすりつけて、そのままぐしゃぐしゃにかき混ぜて全体に行き渡らせる。辛さとは、食材に「乗せる」ものじゃない。辛くしたいなら、辛さを加えたいなら可能な限り、食材に辛さをしみわたらせる必要があると思っている。食物を口にして、それが口内で辛く感じられるのは当たり前。そうなる前に、食物よ。まずお前が充分に、辛い物質へと変容しなければならない。お前は、お前自身として、辛さにもがき苦しんで、まったく別の何かに生まれ変わったのち、改めてわたしの口内において咀嚼されるべきなのだ。それがお前に与えられた役割なんだよ。さあしっかりと唐辛子のエキスを吸い込むんだよ。今日たった今この時間をもって、お前はこの世界に唐辛子という物質があるということを知るんだ。その力を受け入れるんだよ。その破壊力をまざまざと感じながら、私の胃の腑に納まって消化されるがいい。僕はそう語りかけながら、皿や食器や両手の指先すべてを真っ赤の染めつつ、執拗に具材に対して唐辛子の粒子を加え続けるのだ。最近は一度の食事で壜一本が空になってしまう事も珍しくない。自分でも異常な領域に足を踏み入れている事は理解している。しかし、やめられないとまらない。でも実際これまで、本当に満足できる辛さになど出会えたためしがない。脳天を突き抜けて天井まで届くような強烈な一発を求めて、ひたすら真っ赤なペーストをこねくりまわしてのべつまくなし塗りたくっているのに、嫌になるほど湿気た、ぼんやりと鈍く広がったまましょぼく消え去るような、何がしたいんだかさっぱりわからないような半端さにむしろ苛々が増すような、そういうケチ臭い詐欺のような辛さばかりにひたすらお付き合いしているのが実情だ。外食するととくに酷くて苛々させられる。激辛オプションでプラス200円とか抜かして、腑抜けた油漬けの皿を出してくる中華屋などに出くわすと店ごと燃やしてやろうかと思う。こんな湿気た店ガソリンでもかけねーとぶすぶす燻って煙いだけで燃やしても燃えねーよ。頼むからもっとしっかり仕事しろよ。味付けとか盛り付けとかどうでもいいんだよ。なあ疲れさせんなよ、やれる事だけでもやれよ、辛くなるようにってせめてひたすら念じろよ。やる気だけでも感じさせろよ。それ壜ごと全部ぶち込めよ。なあお願いだから一度くらい天国までぶっ飛ばしてくれよ。カネならいくらでも出すよ。だから頼むよマジで。完膚なきまでに叩きのめしてくれよ。そう空しく願うばかり。

理由


景色を見たりしてそれを美しいと思う事と、絵を描きたい/観たいと思う事は密接に関係しているが、直接つながっているわけではない。


毎日何かを見てうつくしさを感じて、毎日絵を描くのが、多くの人間にとってどれほど困難であることか。


なぜ絵を描けなくなるのか?


それは、何かを見てうつくしさを感じられなくなるからでも、絵を描きたくなくなるからでもなく、両者がいったいどのように関係付けられ、結び付けられているのかが、わからなくなってしまうからである。日々を重ねるにしたがい、そのわからなさが、無視できないほど大きく前面化してしまうからである。


極端な話、行為(制作)が外部的な何者かに評価されたり正しさを保証されたりしなくても一向に構わない、と言い切ることは(自分に閉じこもる事によって)可能かもしれないが、しかし少なくともこの私が私自身で最初にうつくしいと感じた何かに対して、私の行為(制作)がそっぽを向いてしまうような状態なのであれば、両者を司る者としてそれはさすがに耐え難いだろう。


良い作品とは何か?というと、まず何よりも私がうつくしいと感じた何かと、私の行為(制作)が何らかの関係性をかたちづくっていること。絵自体が良いのではなく、絵が原初の目的とつながっているという事だ。


作品の良さとは、その絵の生まれた理由そのものである。と言えるかもしれない。「絵が成立している」とは、絵がそのまま理由であるような状態の事を云う。


「お前にとって絵とは何だい?」「理由よ。えがく理由。」みたいな。


そのとき、良い作品にあらわれている質というのは、モティーフとなった花なり景色なりの質(それを見たときのリアルな記憶)というよりは、それらと作品を結び付け得る説得力という事になる。


ということはやはり絵というのは、少なくとも人が描いたもの(人が描いたという物語が信じられる基盤上にあるもの)でなければならない。


私の制作した作品が良くない、というとき、なぜ良くないのか?なぜ私の作品は、私の最初にあったイメージから離れて、糸の切れた凧みたいにくるくると旋回しながら、スタンドアロン状態で中空を漂っているのか。


絵が「理由」として存在しているのなら、絵の中にはもう何も描かれていない。絵は絵であって、絵の「中」は無い。何かが描かれていて、それを観察の対象とする以上、絵は絵である事の理由を絵の中(外部)に依存している。絵の前で、人は絵ではなく「それ」を見始めてしまう。何かが観察されると同時に、絵は描かれた理由として存在する事をやめてしまう。


というか、たぶん、観るという行為がもともと、絵画の在りようとそぐわないのだ。そこはもう原理的な、根本的な無理をかかえた倒錯的なシステムなのだ。絵画はそこに在るが、観るとは結局のところ、移動する事だから。人間は基本的に「そこにある」と言う事を理解できないから。だから何かを描く/見る限りにおいて、失い続けるよりほかない。理由など発見のしようがない。おそらくバーネット・ニューマンは、その場所において踏みとどまるひとつの方法を発見した。ここなら何も失わずにすむ。


ここまで書いて、あとはもうよくわからない。しかしまあ、今後も、おもむろに、ただなんとなく、ふいに、唐突に、何の前触れもなく、誰かの力添えとか誰かのお墨付きとかでもなんでもなく、伝統でも歴史でもなく、たゆまぬ努力の成果でも地道な研究の末でもなく、文脈も共有しない、全然別の、別の県の、人口何十万人かの、別の地方に住む、全然別の、よくわからない誰とも知れぬ他所の人が、なんとなく描き始められるような感じとして、色々なところで、絵が立ち現れる。急に、夜が明けて朝になったかのような新鮮な空気をまとって、描かれた絵画が目の前にある。なんでもなく普通に、描く理由をもって描かれた絵画。それが普通に出てきたりもするかもしれない。


ある村の若い夫婦の間に可愛い女の子が生まれた。その娘はすくすくと成長し、やがて目を見張るような、絶世の美少女となった。すべての人々が、その娘に見とれて、その娘の美貌をたたえた。やがて娘は成長し、息をのむような前代未聞のとてつもない美女となった。しかも外見だけでなく、内面もたいそう美しく豊かで、気立てもよく、村一番の働き者で、村人皆から愛され、はじめは娘をやっかんで嫌っていた一部の集団も、娘の底なしの優しさと誇り高い気高さにほだされ、回心してそれまでの自分の行いに対して悔恨の涙を流し、その娘の美しさを認め、謝罪し、赦し合い、傷をなめあい、やがてすべてを信頼し、そのあと一生の友となった。そして娘は幸福に暮らし、村人も全員が幸福に暮らした。やがて年月が経ち、様々な事があったが、その娘はなおも変わらず美しく、今でもまだ、美しいままである。


みたいな話として、絵画も生まれる事だろう。

夏終了


僅かに残った夏の暑さが、アスファルトの地盤の下にみんな吸収されて乾いた温風のように立ち昇ってきて、自分のズボンの股間やわき腹から背中にかけての湿ってくぐもった空気をすっかり清潔に乾かす。タクシー乗り場を探す。どっか遠くでゴミバケツがひっくり返る音。昇降機の油圧装置が疲れ果てたかのような深いため息をつく。空が薄青く染まりだして、見上げれば電線の黒い線が縦横無尽に交差するのがはっきりと見える。背筋を伸ばし、両腕を高く上げて身体全体ぐっと伸びてみると、自分の肺腑に空気がどっと流れ込む。

Rain


雨脚は強く、ひっきりなしに被弾する雨が傘の内側で中低域の音を大きく響かせ続ける。いつもと同じ歩調で歩き始め、足元の裾や肩や腕の周辺が酷く濡れるのは仕方がないにしても、この路面の濡れ方はかなりなもので、現段階で歩行自体にずいぶん危険が伴うと考えるべきなのだから、一歩一歩を慎重に、接地した足の、靴の裏が地面をしっかりと捉えたかどうかを瞬時に確認しつつ歩行しなければまずいと思っている。地面と靴の裏が接地する際の摩擦力は、晴天時と較べて大幅に減少しているはずで、これほど水に浸った路面での実績は極端に少なくデータも乏しく、時と場合によっては氷の上に足を乗せるも同然であるはずだ。その一瞬、すべって転ぶときの一瞬を思い浮かべる。踏み締めると思って出した足の、靴の裏が何の抵抗もなく、嘲り笑われるかのように滑って地面から離れ、身体の落下を避けようがなくなった瞬間を想像するだけで、腹の奥底にぎゅっと硬い何かが生じる。しかしとにかく、自分の身体を歩行によって推し進めていくことの運航責任者は自分自身なのだから、こんなときこそ適切な判断と決定力が試されるし、そのためにこそ自分はこうして細心の注意を自分自身に対してはらっているのだ。大丈夫大丈夫。自分に言い聞かせる。軽い緊張はむしろ僕の友だ。昔からそうだった。ストレスやプレッシャーを逆手にとってスリルを楽しみつつリラックスして行こう。それにしても左足を前に出す瞬間は、地面を踏みしめたまま固定された右足が身体のすべてを支えており、その重さを靴の裏が濡れた地面との接地力で受け止め、グリップの限界まで踏ん張っていることが、レインコンディションの場合如実に感じられる。少し気を許すと、ふいに身体が外側に振られそうになる感覚をおぼえる。左足を前に出す際の勢いはおのずと身体を前方内側向きに投げ出すような運動となるのだが、そのときの方向性に対してカウンターを当てるための外側に向けた反発的な運動作用が必ず発生するもので、その緒力の拮抗が妥協点を見出した地点に、最終的に左足がランディングすることになり、これは右足の同駆動時においても同様であり、いわば歩行とはそういった運動のシークエンスの飽くことなきくり返しにほかならない訳だが、雨天時においてはこの緒力のバランスシートが根本的に変わってくる。とくに外側への力がそのまま身体に保たれていた直立のバランスを思いのほか低下させ、運悪く足元のグリップ力低下とタイミングが合えば、身体はあっけないほど制御力を失い重力のなすがまま地面への落下もありうる事態を引き起こす。これが怖い。やはり雨天は恐ろしい。雨はなおも、激しく視界に縦の線をひっきりなしに書き続け、あたり一面煙ったようなグレーで、路面は煮立ったような雨の波紋のおびただしい重なりを浮かべてはなくし、ネオンや街灯や信号機の色だけが降り注ぐ雨の弾痕でずたずたにされたような酷いかたちに泡だって路面に反射して落ちている。とにかく転ばないことだ。とにかく無事に歩行を続けることだ。いや、大抵の場合、人間はそうやすやすと転ぶものではない。それはわかっている。理屈では充分によく理解しているつもりだ。なんだかんだ言っても、目的地までとくに大過なく辿り着く。ほとんどの事例が、そうなのだ。だから、取り越し苦労をするな。無駄なのだ。コストの無駄。エネルギーの無駄だ。効率的側面から考えてまったく無意味だ。自分にとっての残留課題であり、是正すべき事項だ。ネガティブシンキングもほどほどに。さあそんなことを考えている間に、もうずいぶん進んだぞ。とにかくそのまま、いつもどおりに行け。余計な事は考えない。そのまま行け。いや、行くな。ふつうに無意識にしてろ。今は、ふつうに歩くという、それだけを考えていれば良くて、それだけを考えていれば良いというのはやはりかすかに救いでもある。そう思っていればいいさ。

グリップしない


あの人が私を救ってくれた。私が今こうしていられるのはあの人のおかげ。みたいな気持ちをずっと抱えて今まで生きてきました。あいつだけは決して許さない、いつまでも呪う、命ある限りあいつを恨み続けてやるとかつて固く心に誓いました。しかしそのはずなのに、いざその相手と対面したら、万感の思いが溢れて、なんて事は全然なくて、嬉しさも懐かしさも愛情も感謝も、そういう類の感情がまるで湧き上がってこなくて、なんだか妙に淡々とした気分で落ち着き払った感じの態度になってしまって、その余所余所しさが何か韜晦とか照れから来るものならまだわかるのだけど、そうでもないらしい事にわれながらやや狼狽して、いくらなんでも少しは感激しろよと自分で自分を煽ってみもするのですが、結局濁った沼のような静けさでこころが凝固するのをなすすべなく見ているだけみたいな感じになってしまいまして、今までさんざん蓄積してきたはずの、怒りや呪いや恨みに類する感情も、なぜかまるで沸き起こらず、あれ?おかしいぞ。こんな筈ではないのにとあわてて、まるで女性を前に性的不能に陥った男子のように情けなく狼狽して、それでも何とか場を取り繕うとして、その取り繕いとはすなわち相手に対して激高するあるいは口汚く罵倒し喧嘩を売るといった行為で実践されるべき本来のかたちへと取り繕うわけで、その気はあるのに、なぜか現実にそのモードへ行けない。何かが違う。何か根本的なボタンの掛け違いをしている気がして踏み切れない。相手を恨むこと、憎むこと、感謝の思いを口にすること。愛を表明すること。その場において求められている行為を為すこと。それらすべてが、本来自分の中にもともとあった欠落の感触、強い悲しみをともなう失われた何かへの渇望を満たすためのかろうじての一歩としては、あからさまにズレているとしか思えなくて、そのことが強い躊躇として次なる行為を阻む。

不思議


元気だった?変わってないねえ、あれ初めましてだっけ?いや結婚式以来?って事はもう九年ぶり?十年経つかね?亮太君何年ぶりかしら。でもそこから入ってきたときすぐわかったわよ。あぁ亮太君よってすぐわかったわよ。お母様はお元気?お変わりない?今もまだ、あちらにいらっしゃるんでしょ?朋子ちゃんはもう結婚されたの?あらそういつ?まあそうなの。この前お宅の前に自動車が止まってたのを見たのよ。あらそうなの。あらでももう、きっと今すれ違ってももうわかんないわね。ほら見ておぼえてる?あーちょっとだけおぼえてる。かすかに記憶にあるある。でもまだ五歳とかでしょ。まだ小学生のときとかでしょ。あれ僕の思ってたのと違う!いやそれは勘違いかも。変わって無いねぇ、いやはじめましてですよね。こちら初対面のご挨拶ですよね。お噂はかねがね伺っております。かわってないのね。何だぜんぜんかわってないじゃん。すごい久しぶりだね。今どこ住んでるの?へーそうなの!じゃあ近いね。ちょくちょく帰ってきてるの?そうなんだ、じゃあそれなら良かったジャン。あいかわらずだね。あいつとか元気なの?連絡取ってる?へー!そうなの?うそーじゃあ今でもわりとそうやってしてるんだ。あいつこないだ引っ越してさぁ、全然音沙汰もなくてさぁ、あれ亮太あいつと仲良くなかったっけ?久々に会うとけっこう面白くてさぁ。またこっちにもちょくちょく来なよ。っていうか赤外線それどうやるの?どっから出てるの?あ、来た来たオーケーオーケー。いや全然何も変わってないねー笑えるね。ちょっと端に寄ろうかここ通路になるみたいよ。グラスそこ置ける?そこちょっともっと開けたほうがいいよ。皆様お待たせいたしました。新郎新婦の入場です。


今こうして何か書こうとしても、感想らしい感想がほとんど何も出てこず、古い知人たちと再会して、色々な話をして、色々なことを考えたはずなのに、そのまま一日以上経ってしまうと逆に、すべてがまるで、もう夢の中の出来事のようで、不思議なことの不思議さというのは、今それが実現しているときには、それを当たり前の事だとしか思わないのに、一夜明けたら、いきなり昨日経験したはずのすべてが一挙に、まるで信じられないと思うような特別な記憶の一塊としてしか感じられないようなものだと思う。つまり、いわば確実な不思議さといったようなものは、この世に実在しない。不思議さは常に、それを不思議と思う自分自身に対する信用ならなさとセットになっているのだ。

皇居


上村松園展を観るために大手町で降りてC13の出口を出て皇居の濠沿いを歩く。いつもながら大量の自転車と大量のジョギングする人々が、みな何かにとりつかれたかのように、無表情のまま、口を半開きにしたまま、集団の間隔を均一に保ったまま、ひたすら黙々と駆け足で走っており、ひたすらペダルを漕いで自転車を走らせている。まあそんな僕と妻もおそらく傍から見れば、同じように無表情で口を半開きにしたまま、ひたすらとぼとぼと歩いていたのだろうとは思う。国立近代美術館に着いてみるとチケット売り場にけっこうな行列が出来ていて、館内もそこそこ混雑してるっぽいので、うわぁさすが上村松園と思って、なんとなくもう観なくても良いかもねという事になって、そのまま本日は鑑賞をあきらめましょうという事になってそのまま踵を返し、また濠沿いを歩き平川門のところまで戻ってきてから、久々に門をくぐって皇居散策した。しかし歩いていると、これは要するに皇居というか、江戸城跡地をうろうろしてるのだなという当たり前の事にあらためて気づいた。木々や花を見て、二の丸と三の丸と本丸のそれぞれの散策路を適当に歩きながら、三十分か一時間くらい、うろうろしていたかもしれない。外国人観光客がとても多い。また写真を撮っている人がとても多い。僕も色々と撮った。門や石垣や番所の建物などが撮りどころで写真を撮る人にとって腕の見せ所である。そういうのを僕も撮った。途中で萩の花が咲いているので、妻があー萩だと言って、キレイだねえと言うが、でも近づいたらもう葉も花もしおれかかっていて元気がないようで、あれもう終わりだねと言って、そんな感じでああなんかつまんないねーと言いながら、ひきつづきぶらぶらと歩いてた。本丸のところに来たら、空を小さなセスナ機が飛んでいていつまでもいつまでもぐるぐると同じところを旋回していて、エンジン音がひたすらうるさい。しかし澄み切った青空を、白い機体が時折深く斜めに傾いで飛ぶ様は、まるで見たことの無い鳥類か巨大な羽虫を見ているかのような、なんとも不思議な感じで、つい上ばかりぼんやりと見上げてしまうのだった。そんな風にして歩きながら、妻がキョンについて色々と僕に説明するので、とりあえずいま、そのことについて覚えている限りメモしておく。でももうすでに先日の皇居で何をして何を見ていたかもほぼかなり忘れたし、そのときのキョンの話についても忘れてしまっていて、ところどころうろおぼえ。今、千葉県あたりにたくさんのキョンがいて、畑の作物などを食い荒らしたりしており、おおきな被害が出ている。キョンは、顔はけっこうかわいいのだが、そうやって畑などを食い荒らしたりして、人間に迷惑をかけている。キョンは顔はけっこうかわいいのだが、しかし泣き声がおおかみのような酷い声で鳴く。とにかく、あまりにもひどい声なのだそうだ。そんなキョンがいま、千葉県に増えていて、畑などを食い荒らしていて、千葉の人たちはとても困っている。実際、この話を妻がするのは今回がはじめてではなく、おそらく二度目か三度目のはずだが、しかしこの話で妻がいったいキョンのことをどう思っていてキョンがどうなってほしいと思っているのか、そこはあまりよくわかっていない。とりあえず話としてはそんな感じだった。その日はおそらく夕方の四時半くらいには帰宅していたはず。すっかり秋らしくなったとは確かに思う。日中は日差しが直接あたると相当暑く、まだまだ汗ばむような感じであるのだが、しかしなにしろ空に浮かぶ雲の感じが秋で、秋の空に雲は浮かんでいるという感じではなく、刷毛やへら状のもので空に対して薄くなでつけられているような感じといったほうが近いだろう。零下の澄み渡る青空。

Jimmy Mack


昔、「Stars On 45 - Long Play Album」というレコードがあった。1981年リリース。ビートルズナンバーや当時のディスコ系ヒット曲をメドレーにつなげたもので、これが流行ってた当時僕は十歳だったが、親戚の家でいつもこのレコードがかかっていたのでレコード全体を完全におぼえてしまっていて、たぶんビートルズの曲のいくつかを(曲名まではわからないにしてもサビ部分の旋律とかを)知ったのはこのレコードからだっただろうし、「Video Killed The Radio Star」とか「Sugar Sugar」とか「Boogie Night」とか「Funky Town」あたりももちろん曲名その他とかは知らないままその印象的なメロディだけはすべてしっかりと脳裏に焼きついてしまったのだ。いわば洋楽初体験がこれだったかもしれない。


で、そういう大昔の過去がふいによみがえってきて、ああStars On 45ってあったなあと思い出した。Stars On 45という名前だけは覚えていたのだから不思議だ。あとあのジャケットデザインもしっかりとおぼえていた。


なぜ思い出したのかというと、…いやなぜか?はわからないが、ふいにStars On 45の「Jimmy Mack」を思い出したのだ。で、僕は十歳のときからこの「Jimmy Mack」がとても大好きで大好きで、と言ってもStars On 45での「Jimmy Mack」はまさにサビ部分だけが数秒繰り返されるだけなのだが、でもそこの部分だけがとても好きで、そのことだけがふいに思い出されたのだ。


「Jimmy Mack」って「Jimmy Mack」っていう曲でいいんだっけ?と思って検索窓に打ち込んでみたら、どうやらそれでいいらしい。Martha And The Vandellasの曲なのか。すぐにわかっちゃうんだな。なんて便利なんだろうインターネットって!!と思って、その何日か後にお茶の水のユニオンを見たらMartha And The Vandellasベスト盤が500円で売ってたので買う。で「Jimmy Mack」を聴く。でもMartha And The Vandellasベスト盤を聴いてしまうと「Jimmy Mack」を聴くよりも結局Martha And The Vandellasを聴いてしまう。いまはStars On 45の安っぽい感じの方がいい感じ。


http://www.youtube.com/watch?v=F4VKYkLISXM  (7:44あたりからがJimmy Mackです)

Long, Long, Long


ビートルズホワイトアルバムに「Long, Long, Long」という曲がある。あの曲をターンテーブルに載せて、ピッチを最大に上げて再生してみると、すごく普通に軽快なポップナンバーになるって知ってた?と聞いたら、ううん知らないというから、あれはどちらかというと原曲の方が不自然に間延びしたような、無理やり再生スピードを下げさせられてしまったかのような曲なんだよ。ピッチコントロールしてあげる事でようやく本来の素性をあらわすことができるようなたぐいの曲なのさ、と言って、じゃあ今から実際に試してみようとなって、ホワイトアルバムのLPを探したけど、あれ僕はそもそもホワイトアルバムはLP持ってたっけ?なかったかもしれない。ビートルズのLPなんか一枚もなかったかもしれないという気もする。ほかなら色々あるので適当に見てたら、そのうち「Revolution 1」が聴こえてきた。誰かが勝手にレコードをかけたのだ。あぁなんだ、やっぱホワイトアルバムあるんじゃんと思った。「Revolution 1」を聴くたびに、ビートルズホワイトアルバムもいよいよ終盤にさしかかったなあという気分に、いつもなる。とてつもなく多様な経験をつんできたあとの不思議な軽快さと思い倦怠。でもLPだとすると「Long, Long, Long」は「Revolution 1」とは別のレコードのはずで、それが一枚目の最後だったか三枚目の最後だったか、そのあたりがいまいちはっきりと思い出せない。いやそれ以前に、LPの二枚組みって一体レコードが何枚あるのかがわからなくなってる。変な話かもしれないが、二枚組みってA面からD面まであるので、それだとなんとなくレコードが4枚あるような気になってしまって、じゃあ「Long, Long, Long」はどこだよ、と思ってしまう。でもふと気づいたら、いつの間にかぼくは「Long, Long, Long」の入ったレコード盤を手に持っていて、それはなぜか7inch盤くらいの大きさしかなくて、なぜホワイトアルバムの中で「Long, Long, Long」だけが特別に7inch盤になってるのか、不可解の念がますます強くなったが、とりあえずは冒頭の話を確かめるために再生してみたのだ。でもどうやら思ってたような感じではなかった。そもそも「Long, Long, Long」をそういう曲だと思っていた事の根拠がみつからなかった。

思い


客先へと向かう電車の中で、僕ともう一人、とくに話すこともないので、二人押し黙ったまま、つり革に掴まっている。いつもそんな感じなので、それでとくに気にしなくても良くて、二人ともそれが一番ラクである。ぼんやり窓の外の景色や車内の様子を見ている。そういうとき何かを見ているのがとても面白い。一人で見てるのとは違う気安さがある。一人で何かを見るということは、自分も見返されるということである。そこではどうしても対象と対等な関係性が生じてしまうのだが、二人でいながらそのやりとりが停滞しておりそのことに何の対処も為さず気まずさも気遣いもなく、退屈をもてあましたままお互いの間に挟まれた空気をただ放置させているようなときにだけあらわれる時間の中で、あてどもなく視線をさまよわせた先に見えるものが、いつもとても面白い。ものを見るのはそういうときだけが面白いと言っても過言ではない。だから色々遠慮なく内外をじろじろと見回している。暇だし退屈だし、きょろきょろするくらいしかないからしょうがない。自分の視線のさまよいそれ自体に気持ちをのっけて遊んでいる。でもそんな風にしてると、それまで長いことずっと黙ってた相手が、何かの弾みにふいに喋りだすこともあるので、そうすると僕は漂わせていた視線を相手に戻す。おれこの辺昔住んでたことあんだよ。へえこのあたりにですか、いつ位ですか?すげえ昔。全然今と違うよ、すげーかわったなぁこの辺。まじですか。この辺人気ありますよね若者とかに。そうだねえ。渋谷とか近いしねえ。・・・さっきまでの沈黙との落差の大きさを薄く感じながら話している。でもやがてまた黙る。付け足しのようにお客さんの事務所って駅から近いんでしたっけ?と聞いたら近くないねぇと言うので、じゃあタクシーですかと聞いたら、いや歩き歩き。と言って、深井さんは歩いてたんだよねえと言う。えーそうなんですか、あの人歩くの好きかもですよね、と言ったら、そう結構すごい歩くんだよと言う。そのあとまたしばらく沈黙する。またしばらくして僕から、担当者の人ってたぶん僕全員初対面ですけど電話の人って今日いらっしゃるんですかねと言ったら、ああいるでしょ、あの人深井さんのときからずっといるからねと言う。そのときの顔を見て、ああこの人いま、死んだ人のこと思い出してたんだなとわかった。


期の変わり目で、忙しかったり暇になったり、人が現れたり去っていったり。僕も今回はちょっとばたばたと何気に忙しく気付いたら夜遅くになっていてしかも思ったほどの成果は出てない感じ。でもリミットはリミットなのでとりあえず死に化粧みたいにさっさと表面に微調整を施して、さあこれで終りだ僕からは以上だよ、さあ言ってきな、しっかりやんなと言って送り出す。真っ黒な海を不安げな様子でまだ幼い白木の小舟がゆっくりと進んでいく。真っ暗な夜の闇と黒い海に包まれて、打ち寄せる波の音だけがずっと聴こえている。


あれもこれも言っておきたい書き留めておきたいと思うのだけど、結局ほとんど何も言えないし書けない。それを残すための努力が足りないが、でもそんなこと重要?という気持ちも少しはある。そう思ったときに、思っただけの思いを込めて、満足のいく資料なり何なりを作って説得するようにご説明したってそれが本当に何かになるのか?所詮は僕の自己満足じゃないかとも思う。熱のこもった内容ほどそうなりがちで、そんなものを作って自分だけが俺はやったなあと思って満足してるのは滑稽なだけ。でも、じゃあ何をする?と言ったら、それはわからない。だから黙るしかない。黙ってるのが一番悪いとも言えるが、でもそれも仕方ない。これで、誰かが死んじゃったら、僕はどうするのだろうか。僕も一緒に死にますとか、そんな事を言うだろうか?言わねえよなあ。っていうか根本的に間違ってるけどそういう考えかたが。


書かないで後悔するのと、書いて後悔するのとどっちが良いのか問題。もっと細かく言えば、書かないから、書くべきかもしれなかった内容の消失を後悔するあるいは書く時間を確保しなかった時間の消失を後悔するということ、書いた内容の出来に後悔するあるいはこんなものを書く事に消費してしまった時間の消失を後悔するということ。でも後者の方を選ばないとただでさえ時間がない。ないというか時間が高い。なんだかんだと考え続けているうちに時間だけがやたらと高騰しつつある。