眠る


さっきから同じ姿勢のままで、静かにしているので、どうかしたのかと思ってふと見やると、相手は目を瞑っている。いつの間にかどうやら眠ってしまったらしい。いつからなのか、気付いたらもう寝ていた。腕組みをして、マジメな顔のまま、両方の目を閉じて、かすかに肩を上下させて、規則正しくゆっくりとした間隔で、息を吐いては吸う音がきこえる。そうやってこのまま、五分でも十分でもずっと動かずにいる気なのだ。さっきまで普通にしていたと思ったら、今見たら、もう寝ていて、じっとそのままで面白い。話が途中になってしまって、グラスの中は飲み干されることなく残ったままで、食べ終えた食器とまだ残しておく皿をどれにするのか、そしてふとまた、眠ってしまった顔の妙に真剣な表情を見る。眠っているときには、何も考えていないのか。眠っているときにもずっと考え続けていられたら良いのだが。眠っているときも会話だけが続けられたら便利だろうな。眠っているときでも、あるたった一つのことだけを選んで継続可能なら、すべての人類はもっと脈絡に寄りかかって生きることができるだろう。そういう装置が、未来に開発されるかもしれないな。でも眠ってしまえば、考えもろとも止まってしまうものだ。考えていた事が、途中で停止するのではなく、目の前の現実が、一旦完全に終わってしまう。眠ったらそれまでだ。ふいに電源を落としてしまったら、不揮発性メモリへの書き込みはつねに間に合わないものだ。そして、そのあとまた何事もなかったかのように平然と、今とは別のできごとがはじまる。目覚めて、さっきまでとは別の時間に自分があらわれる。眠っているとき、あ、俺は今眠っていると、ふいに気付くことがあるものだが、夢というのはきまって、そう気付いた後からあえて、じゃあ夢でも見るかと思い、それからようやく見はじめるものらしい。夢にも脈絡がないが、目覚めてからも脈絡がないものだ。いやむしろ脈絡など、最初からどこにもないのに、あたかもあるかのように思っているだけなのだ。ほんとうはそれぞれ見当違いの方角を見ながら、こうして話をして、どちらからでもなく再び眠ってしまい、それですべてが終り、目覚めたらまた別の時間にいて、そこで改めてはじめましてのご挨拶という感じだ。