金曜日の約束。四、五年前からやってる、食べて飲む会へ向かう。横浜から新橋、都営浅草線に乗り換えて浅草。少し早めに着いたので適当にふらふら歩いて時間をつぶす。A4出口から出て、広い通りを出て右を向くと、数十メートル向こうにライトアップされた雷門が見える。そちらへ近づくとその右奥にライトアップされた巨大なスカイツリーが見える。青くぼーっと光ったツクシの化け物。丁度展望台のあたりを白い光がリングのように塔の周囲をくるくると回っていて、まるで巨悪な結社の本拠地みたいな、安いオモチャじみて逆にかっこいい。アサヒのビルもそうだし雷門もそうだが、どうもこの浅草の夜のライトアップというのは、妙にばかばかしく不思議な切ない感じがしてわりと好きかもしれない。ここで見えるスカイツリーだけは、ここでなら何となく、良く見えなくもない。とくに夜だと、ぼわーっと、でかく夜空に浮かび上がっていて、周りの建物よりちょっと高くて妙に図太い塔が、まるでこの場所のほんのすぐ近くに建ってるようにも見える。

 浅草一丁目の交差点から浅草寺の入口まで行く。途中にある店を左右きょろきょろ見回しながら歩く。そば、うなぎ、すし、あとラーメンやお好み焼きなども多い。わざと別の道に折れて、ほかの店並みも見る。浅草寺に入ると、ここもまた派手にライトアップされている。夜の中に、真っ赤な建物が煌々として立ち上がってる感じで、風情もなにもないけど、それとは別の面白さで、やはりスカイツリーとよく似合ってる。

 浅草寺を突き抜けて言問通りを渡り5656会館の脇を入ってさらに歩く。夜の、柳がゆらゆらと風に揺れていて枝の先が自分の顔にあたる。この通りの、店の感じはほんとうに、いつ見てもいい感じ。別にどの店に入る訳ではなく、入りたい店があるわけでもないとしても、歩いていて、この感じだけで満足感がある。

 その日は、浅草、湯島ときて、終電近くで帰宅。若者は、また別の流れと合流したらしい。こちらはまともな時間に帰宅できて安堵した。

 今日は、お昼頃は急な雨が来たりして、しばらく窓をあけて雨を見ていたりした。すごい強い降り。やっぱり、雨はいいねえ。見ているとすぐに雨脚は弱まって、しかし止まずにしつこくいつまでも降っていて、そのまましばらくすると細く繊細な雨に変わって、そして、やがて止んだ。図書館に寄って、色々立ち読みして、そのあと買い物した。ベルモットを買ってみた。氷とライムで飲んだ。おいしいけど、さすがにこれだけではちょっとアルコール度数が少なすぎて、やっぱりジンも買わなきゃと思ってしまう。

 図書館で、なんとなく幸田文「流れる」を手にとって読んで、あまりの流麗さに、ちょっとうっとりする。今日はもう本屋に行くような出掛ける用事もないし、このまま読み続けないわけには行かないのでそれを借りて帰った。



『このうちに相違ないが、どこからはいっていいか、勝手口がなかった。
往来が狭いし、たえず人通りがあってそのたびに見とがめられているような急いた気がするし、しようがない、切餅のみかげ石二枚分うちにひっこんでいる玄関へ立った。すぐそこが部屋らしい。云いあいでもないらしいが、ざわざわきんきん、調子を張ったいろんな声が筒抜けてくる。
待ってもとめどがなかった。いきなりなかを見ない用心のために身を斜によけておいて、一尺ばかり格子を引いた。と、うちじゅうがぴたっとみごとに鎮まった。どぶのみじんこ、と連想が来た。もっとも自分もいっしょにみじんこにされてすくんでいると、
「どちら?」と、案外奥のほうからあどけなく舌ったるく云いかけられた。目見えの女中だと紹介者の名を云って答え、ちらちら窺うと、ま、きたないのなんの、これが芸者家の玄関か!
「え?お勝手口?いいのよ、そこからでいいからおはいんなさいな。」同じその声が糖衣を脱いだ地声になっていた。一ト坪のたたきに入り乱れた下駄と仔犬とそれの飯碗と排泄物と、壁ぎわにはこれは少しもののいい大きな下駄を据えてある。七分に明けてある玄関のしきり障子は引手から下があらめみたいに裂けて、ずっと見通す廊下には綿ぼこリがふわふわしている。鎖を引きずって排泄物を掻きちらしながら、犬も愛嬌顔で出て来たし、待機していたように廊下へ向いた手前のと次のとニタ間の障子がいっしょに明いて、美しく粧った首が二ツつき出た。』



 ちなみに月曜日から読み始めて、今取り組み中なのは、ルーセルの「アフリカの印象」である。超スローペースで、すごい難儀して読んでいる。だから急に幸田文なんか読むと、あまりにも甘美に感じてしまうのかもしれない。

 DVDで「めぐり合う時間たち」。昔見たけど内容はほぼ忘れていた。ニコール・キッドマンの苛ついた表情の立ち姿。ソファでタバコを吸っている姿。ほんとうのバージニア・ウルフはぜったいああじゃないだろ、あんなこと言わないだろ、とも思うのだが、それはそれで、これはこれ。この映画でのニコール・キッドマンはたいへんうつくしい。