開高健の「珠玉」という小説は、ちょっとこれは…どうにもキレてなくてイマイチ、と思ってひとまず途中で読むのをやめてしまったのだが、最初の方の、下記の部分はすごく好き。まあ、なんかいかにもな感じだが、それでもここに、僕が酒を飲みたくなる理由というものが見事に書かれてる、と思ってしまう。「研ぎたてのナイフの刃のような一杯」・・・そうなんだよ、ドライ・マティーニって、まさにそういう感じなんだよ、と思ってしまう。あるいは、ついこういう文章であらわしたくなってしまうような、あの酒が、いかにもそれ特有の味わいと香りをしているということでもあるだろう。

バーテンダーの内村は初老の薄髪頭を傾けてマーティニを作りにかかる。氷を白のヴェルモットで洗い、お余りをいさぎよく捨てる。ヴェルモットの薄膜で氷片を包むという形である。それを手早く水夫用のどっしりしたグラスに入れ、あらかじめ瓶ごと冷蔵庫で冷やしてあったジンを注ぎ、レモンの一片をひねってあるかないかぐらいの香りをつける。すると、研ぎたてのナイフの刃のような一杯になる。一日の後味をしみじみと聞ける一杯になる。

開高健「掌のなかの海」16頁

朝から明滅しつづけてあぶりたてる青い火は一杯のマーティニで消えるものではなく、むしろ、いよいよ深く沈んで炎のない熾火のようにどこか手のとどかないところでくすぶりつづける。けれど、それはそうだとしても、最初の一杯の冷えきった滴がひとつ、ふたつところがり落ちていくうちに、あくまでも見せかけとはわかっていながらもなかなかの出来と感じられる中和がじわじわとひろがって、無為の苦痛をやわらげてくれる。

同21頁