きょうの料理


もう数日前のことだが、NHKアーカイブで、1978年放送の「きょうの料理」がやっていた。保存されている「きょうの料理」映像中で最古のものだそうだ。料理人は辻嘉一。正月料理が特集されていた。


既に出来ているものを順々に紹介するだけの、何の起伏もない淡々とした番組進行である。ただし、食材が茹で上がったときの感じとか、みじん切りにする時の手つきとか、粉々になった食材の感じとかはよく判る。映像固有の利点であり、テレビで調理を紹介する利点のもっともシンプルな所がはっきりと判る。


派手で見事な職人技が披露される訳でもなく、視聴者は始終ほとんど、辻嘉一の京都弁独演を聞いてるようなものである。食材の鮮度とかに関する話が多い。ある食材に関しても、今の発達した物流システムに乗っかって簡単に手に入るモノではなく国産の、ある一時期に穫れて何月くらいの間に出回るものだけを選びなさい。とか、結構うるさく言う。調理方法とかより、全体を通じて、素材の鮮度の事しか言ってないくらいの印象だ。


茹で上がった伊勢海老を「ちょっとこれもっとって。あついのや」と弟子に持たせたりするときのチャーミングな感じとか、正月料理でも、これは30日にはつくりはじめないけません。これは31日からでもよろしいですな。とか一々細かく指図してくる感じの、ああ昔のじいさんってこういう感じだよなあと思わせる…。


「辻留 ご馳走ばなし」という書物を開くと優雅である。書き出しを引用すると

京のお雑煮


里芋の一種で海老芋と呼ばれる質のよいものが九月頃から出始めますが、懐石では十一月から使うようになっております。


といいますのも、土の中に長い間埋もれているだけでなく、土中の養分を吸い上げているらしく、切ってみますと包丁ざわりが滑らかで気持ちのよい肌であり、それだけで柔らかくておいしい---ということが手に伝わってまいります。


九月の海老芋は肌目が荒く、ゴリゴリとした感じ雲泥の差であります。


…その後もずーっとこういう文体で淡々と延々と続く。。なんというか僕はこの本を開くと、軽くのけぞってしまうような新鮮な感覚に襲われる。…辻嘉一については、ここにも少し書いたことがあるのを思い出した。