ラッシュ


電車がものすごく混んでいて、本をもつ手をそのまま前の人の背中に押し付けた状態になってしまい、そのままどこにも動かせないほど後ろから圧されて、背表紙の角が相手の背中に痛いかもしれないので、一旦本を閉じて、片手でつり革に掴まり、身体をやや斜めに傾がせた状態のまま前と後ろの人から挟まれるような状態のまま、お互いの隙間を完全になくすまでぎゅーっと圧縮された状態になるのに耐える。自分の片腕の折り曲げた二の腕から肘にかけてがなおも前の人の背中に当たっているが、僕の背中にも、おそらく背後の人がもっている携帯電話だと思われる固くて細長いものがぎゅっと強く押し当てられている。車内に密集した僕たちの、一言も発さずため息すら自重しているかのような沈黙に支えたれた車両の、かすかな軋みの音をともなって、ゆっくりと徐行運転しつつ、やがてあきらめたかのように一旦速度が殺されて軽い衝撃とともに停止したとき、僕たち全員の深い吐息を結集させて排出したかのような様子で、その車両の下部からだらしなく下腹部の力をゆるめたかのように空気圧の漏れるしゅーーーという音が、黒い地面全体に広がるのがありありと見えた。