師走レコード


なんとなくすでに正月の気分になって、昨日の夜からだらだらとしている。ただひたすらレコードを聴く日。「West Coast Seattle Boy」というジミヘンのアンソロジーボックスセットの一枚目がかなり素晴らしい。まだジミヘンデビュー前の、アイズレーブラザーズとかリトルリチャードとかのバンドでギターを弾いていた時代の音源で、もう普通に良い曲ばかり。いわゆるジミヘンっぽさが感じられない、というのは大間違いで、これこそがジミヘンなのだ。とんでもなく素晴らしいリズムギター


Dumb Typeの「Memorandum」のサントラが安かったので買う。いかにも池田亮司っぽいこの「……ピ……ピ…」という音は、心電図の波形に同期したシグナル音をすぐに思い浮かべてしまう。というか心電図の音、人間の心臓が鼓動する音といえばすぐに「……ピ……ピ…」を思い浮かべてしまう。「ドクッ…ドクッ…」という濁音の音をそのままひっくり返したかのような、清澄な、生体反応をデータ化し得た音。でも関係ないけどネットワークでTCP/IPの疎通確認時にPINGを飛ばすが、あれの反応が返ってくるのを目で確認しているとき頭の中で聞こえてくる音は「ドロッ…ドロッ…ドロッ…」といったようなイメージ。粘りのある液体が定間隔で強引に圧されていく感じ。心臓の鼓動で本来は、もっとたくさんの雑多なものがおびただしく流れていく感じ。決して整然とは流れず、停留し逆流し渦巻きながら、かろうじて進み行く感じ。そもそもがこれは、ハートビートという手段が本来、画期的だった。明確にわかる連続した力動によって物を運びながら、運航状況とを常に外部に展開し知らしめることの出来るすぐれた物流/通信手段だ。それは音楽の始まりでもあるのだろう。そうか音楽はもともと物流だった。何かが運ばれていくのを耳で確認するためにうまれた。


テクノでミニマルで最も偉大なのはRobert Hoodと言っても過言ではないだろう。もう音の粒立ちが違うという感じ。異常なシンプルさと素っ気無さで、これはいくらなんでももうあまりにも簡単過ぎないか?というような音楽だが、でも見事にファンクだ。でもファンクネスが含有されているなら、真のミニマルとは言えないのでは?などというのは愚問だ]。何が含有されていようがいまいが、そんなのは何の関係もない。ミニマルというのは物理的に足したり引いたりして生成されるものではないのだ。たしかに古臭さはあるが、しかし古臭さのない最近のミニマルには、この感触が総じてない。


何となくBeatPortをのぞいたら、Echospaceに見たことない音源がアップされてた。Deepchord Presents: Echospace [LIVE]というタイトル。バルセロナ、東京、モスクワ、シアトルなどでのここ数年のライブからチョイスされたものらしく試聴で聴く限りすさまじい傑作の香りが濃厚だ。辺り一面が真っ白で何も見えなくなって目をマトモに開けていられずさっきからゲホゲホと咳が止まらないまま頭を抱えてうずくまっているような感じの音楽。そんな音楽のどこが良いのかは上手く言えないのだが、とにかく良い。というか何で僕はEchospaceの音がこんなにすきなのか。たぶん一過性のものだとは思うが、それにしても長い。もう2年半以上好きだから、まだしばらくは好きなのかも。まあモノによっては大した事ないのもかなり多いと思うけど、今回のこれは凄く良さそう。