リードオンリー


混雑した車内で前後左右に人がぎっしりの中で片腕を持ち上げて、親指と人差し指、中指、薬指で、まるでボーリングの球に指を入れているみたいな格好で読んでる途中の開いた本の下のところを支えている。自分の顔の目前に、まるで指揮台の上の楽譜にように本を目の位置になるべく近づけた状態で読む。本で顔を隠しているみたいな格好だ。肘や本の背表紙が周囲の人にぶつからないように、という事でもあるし、なるべく本以外のものを視界から消したいという事でもあるのかもしれない。見開きのページを読み終わって次のページをめくりたいときは、本を少しだけ前側へ倒すように傾けて、人差し指と中指と薬指の三本に力を入れて下部を支えた状態のまま親指だけを動かしてかろうじてページをめくる。めくることができたらそのページを顎で抑えて、自分の顔をそのページの方に向けて、あらためてまた一行目から続ける。紙の表面のざらついた肌理まで見えるくらい、顔と紙面が異様に近いので、読み進むにしたがい顔の向きを変えて、紙の上に視線を移動させていく。活字の最後の行まで辿り着いたら、またゆっくりと本を傾けて親指だけで慎重にページをめくる。そんなことをしているうちに、下車駅に到着する。一旦本を閉じたいのだが、しおりを挟むためのもう片方の手には鞄を持っているので、仕方がないのでページ数の三桁の数字を記憶して、そのまま本を閉じて鞄にしまう。電車が停車してドアが開いて、人の波と一緒に僕も下車して、そのままエスカレータに乗って、エスカレータに乗っている十秒くらいの間に再度本を開きしおりを挟んで次の準備にかかる。北千住みたいに通い慣れている駅だと、ずーっと本を読みながら通路やエスカレーターをひたすら歩いて目的の路線のホームまで辿り着いて来た電車に乗り換えてと、一度も読むのを途切れさせず移動することも可能だが、さすがに北千住以外の駅ではそこまではまだ無理。


よく思うけど、本を開いた状態のまま固定できるブックスタンドとか荷物や上着を引っ掛けられるS字フックとかドリンクホルダとか、そういうのが天井からぶら下がっていたら便利だろうなあ。満員電車で。一瞬だけ両手が自由になったら良いのにと思う事は多い。