Don't Let Me Down


昨日から今日にかけては実に酷い目にあいました。iPhoneを失くしてしまって、タクシー会社とか駅とか色々問い合わせたけどダメで、警察に遺失物申請してきましたけどもしかするともう見つからないかもなあという気がします。


昨日は結構飲んでて、電車で西日暮里まで着いたら、その時点で終電がなくなってたので、家まではタクシーで帰ることになったんですけど、まあ西日暮里からであればさほど遠くもないので、それはまあいいんですけど、そこで僕の悪い癖が出まして、どうせクルマで帰るんだったら、慌てなくてもいいじゃん。もう一軒飲めるじゃん。三十分か一時間くらい、もうちょっと飲んでからゆっくり帰ってもいいじゃん。などと思って、さっきまでさんざん飲んで来たのに、まだ飲むの?しかもひとり酒??って感じですが、でももはや俄然飲む気まんまんで、胸をわくわくさせながら良さそうな店を探し始めました。


我ながら、ほんとにどうかしてます。ハシゴ酒っていうのは酒が好きな人間がやることではなくて、いつも何かに不満足な、けちで未練がましい、あきらめの悪い人間がやることなんですね。ほんとうに意地汚くてみっともないものです。もう既に大して飲みたくもないのに、なんかその場限りの儚い自由さみたいな、ふわふわ浮き上がったような気分を自ら手放すことに気が進まなくて、その夜のひとときが惜しくて、酩酊してふらふらとほっつき歩いたまま、ついずるずると寄り道してしまうのです。醜悪きわまりないです。店の前に色々と酒の銘柄と肴の品目が貼り紙してあって、生牡蠣だのカツオだの書いてあると、ああいいなあ、生牡蠣と冷酒でちょっとだけ。とか思ってそしたら店員がドアを開けてくれて、一名様ですかいらっしゃいませどうぞと声をかけられて、食い物を目の前にちらつかされた猫みたいな態度で、ほいほいと店に入りました。


で、店を出たのがいったい何時だったのか、その後タクシーに乗って家に帰ったのが何時だったのか、まるで全然おぼえてないです。たぶんすごい酔ってました。それで、家についてからiPhoneがないのに気がつきました。


翌日になって、あらためて現場まで戻って、駅や昨日の店やらに言って忘れ物がなかったか聞いてみたものの、どこにもなくて、仕方がないので遺失物の届出をしに交番に行きました。温厚そうな警官が出てきて、こちらにお座り下さいと言われて立てかけてあったパイプ椅子をぱかっと開いてくれて、それに坐ったら気分はすっかり軽犯罪者という感じです。罪状は酒好き、食い意地が張ってる、自分勝手、吝嗇、意地汚い、みみっちい、諦めが悪い、など多数。本人も罪を認めており反省の色も見えますが、しかしだからと言って簡単に許されるべきことではない。断固とした姿勢で裁きを受け贖罪させるべきと存じます。この書類の太枠の中だけで結構ですから記入お願いしますと言われて、はいと素直に答えて必要事項を記入いたしました。失くした思われる時間、失くしたことに気付いた時間、失くした可能性のある場所、移動範囲、氏名と住所と連絡先と…書き進めていきまして、携帯電話番号を記す箇所もあったのでこれも書くんですか?と聞いたら、えぇ書いてください。もし遺失物が見つかってご自宅に連絡さしていただいてお出にならなかったらそちらにもご連絡差し上げますから、と言われ、あ、そうか携帯落とされたんすよね、じゃあ携帯にかけてもしょうがないですよね。いやでも一応書いといて下さい。でもまあ確かにそれじゃかけられないですね。うわっはっはっはっはっは!!!うわっはっはっはっはっは!!!と耳をつんざくような、一瞬意識が遠くに飛ばされてしまうほどのものすごいでかい声で、その警官は僕を正面からまともに見据えたまま、巨大な口をあけて爆笑しました。いつまでも笑い続けていました。開かれたその口の中を見ながら、仕方なく僕も笑いました。必死に笑いました。こんなに一生懸命笑ったのははじめてかもしれません。


結局何の手がかりも得られぬまま、手ぶらのままで家まで帰りました。なぜかふいにビートルズのDon't Let Me Downの旋律が思い浮かんで、小さい声で歌いながら、家までの道を歩いていたら、じぶんがバカすぎて情けなくて、でもなんだか愚かで低脳で薄汚れてるけど少し可愛い小動物になったような気持ちになってきて、その場でへへへへへと笑いがこぼれてしまい、続いて泣けてきました。でかくて白い犬を散歩しているおばさんとすれ違って、その犬がずっと鼻先を下に向けて地面の匂いを嗅いでいたのに、ふいにぼんやりとした不思議そうな表情でこっちを見上げたので、はっとして慌てて普通の顔をつくりました。


しかし今日は恐ろしく寒い日でした。まさに凍るような寒さ。暖かくして、どちら様もご自愛くださいませ。それではまた。