店仕舞


眠りから覚めると、すでに暖房は切られていて部屋が冷えきっている。僕以外にはもう誰もいない。皆、どこへ行ってしまったのか。さっきまでの賑やかさが嘘のように、しんとして物音ひとつせず、照明は全部消えていて薄暗く、窓の外がかえってうす青く光って部屋の中をぼんやりと照らすようで、それが街灯の光なのかもう朝方の青く染まりだした空の色なのかが見ているだけではわからない。人だけが居なくて、テーブルの上は皆が居て騒いでいたときのまま、グラスや皿や食器類と、食べ残しと飲み残しが錯乱している。テーブルの上にだけ、さっきまでの賑やかさが、そのままの形で残されている。賑わいの中にいたはずが、何もかもが急に、空気全体が動かなくなって、一瞬で凍結されたみたいに、もう何時間もそのままにされたまま。テーブルの上の大小の皿たちが、いま自分がなぜそこに置かれているのか、すでにわからなくなってしまって、さっきまでの暖かさや、水々しさや、ソースのとろみ、エキスの粘り、立ちのぼる香りや湯気や、油のなめらかさや、果汁の甘みや開栓直後に空気と交じり合って溶け合う成分の揮発などのすべてが、すべてそのまま、過去の出来事として固められていて、ほんの少しの食べ残しと、放り出されたように置かれたフォークと、丸められた紙ナプキンがあたりに散らばっていて、冷え切った空気がすべての水分を奪って、何もかも乾いてその場にこびりついたまま朽ちている。テーブルの上を見ながら、まるで廃墟の町を訪れたような気分になる。グラスに半分ほど残った赤い液体と、ボトルの底に2センチ程度残った赤い液体を見出す。グラスに口をつけて、残った液体を飲むと、記憶にあったさっきまでの味とは何かが決定的に違う、苦く現実的な味が口内に広がる。僕もとくべつではなく、ただの人としてある以上、ここから始めなければいけない、この味こそが現実で、ここからがスタートだと、なぜか唐突に思う。ボトルに残った分もグラスにつぎ足し、あらためてそれを飲む。からだが目覚め始める。