循環バス


駅についた。バス乗り場を見るとちょうどバスが停まっていた。乗れそうだ、ラッキーと思って歩き出すと同時に、後部の電光掲示に光っていた乗降中の文字がふっと消えた。あ、と思ったら、乗降口がすっと閉まり、エンジンがかかって、バスは発車すべく車体をゆっくりと動かし始めた。あーあ、行かれた。と思った同時に、バスは止まり、あれ?と思っている僕に対して、再び乗降口のドアが開く。どうやら、乗せてくれるらしい。僕は小走りに走ってバスに近づく。乗降口から乗って、すいませんと呟きながら料金を支払う。はい、どうぞーと愛想の良い声で運転手は僕を迎えた。僕は座席に座った。こうして最後の乗客をかろうじて収容し得たバスは、ようやくいつものとおりに走り始めた。停留所を後にして、この後ぐるっとUターンして、交差点の手前に合流しようとする。


そのときふと、唐突にまた速度が落ちた。Uターンの手前で、バスは再び停止に近い速度になる。見ると乗降口の向こうに、切迫した表情の女性がいる。バスは止まった。再び乗降口のドアが開く。女性が乗り込んできた。女性に続けて、もう二人、乗り込んできた。おそらく僕と同じ電車に乗っていた人々だろう。電車が四分ほど遅れて、駅に到着したおかげで、こうしてバスとの連携が今日は崩れているのだ。僕はその電車からもっとも早くバス乗り場まで来た一群の一人だったろうから、こうしてギリギリの情況でなんとかバスに乗れた。その後に来たこの女性とか、残りの何人かは、こんなに遅れてやってきて、でも無理やりながら結果的にはこうしてちゃんと、バスに乗れたのだから、はっきり言って幸運だったとしか言いようがないだろう。今頃のこのこやってきて、こうしてちゃっかり乗せてもらえるんだから、なんて素敵な話だろう。いったいどこの高貴な生まれの方でしょうか。とんだお嬢様だ。大したものだ。乗り遅れなかったのが、僕で最後だったら良かったのに、そうじゃなくなって、僕は甚だ不愉快だ。直別扱いされたからって、いい気になるなよ!お前だけじゃないんだ。僕なんか、お前よりもっと早く来たのに、それでも乗り遅れそうで、かろうじて拾ってもらったんだ。それはすごい印象的な一連の流れだったんだぜ。でもお前らが後から来たから、全部台無しだよ。あーあ。やれやれだよ。


そうして再び、バスはようやく走り出した。交差点の信号待ちだ。そのときである。バスの乗降口にまた、数人のサラリーマンが、俺達も乗せてくれとでもいいたいのか、しきりに運転手に向かって両手を振り回して大げさな身振りでジェスチャーしているのだ。おいおいおい。もういくらなんでも無理だろ。こんなところで乗客を乗せるバスはいないさ。常識で考えてよ。もうあきらめて歩けばいいじゃない。こんな場所でドアを開けてもらえるだなんて、考えるだけでもすごいよ。僕は半ば呆れながら乗降口の外をぼんやりと見やっていた。こんなヤツラ、置いて行ってくださいよ。ねえ運転手さん、もう寝床も食料も限界だよ、この期に及んで、また増員だなんて、冗談じゃねぇや。ね?わかったでしょ。お願いだから、信号が青になったらとっとと、早いとこいってださいね。まだ乗せるなんて、もうカンベンですよ。いいですか今のは俺達一同、全員の意見ですからね!


驚くべきことに、運転手は乗降口をふたたび開けたのである。シューッと油圧の抜ける音がして、ドアは開かれた。男達が三人、どやどやと入ってきた。僕は驚いた。おいおい、こんな救済ってあるのか。前代未聞の話だぞ?こんなに手厚くえこひいきされている区民がいるってことか?いったいどういうことだ。なんだよ、こんな信号待ちの交差点手前でバスに乗れるって、あまりにも凄いぞ。今俺は事態をまったく認識できていない。今までの俺の常識では、絶対にありえない。何度でも言いたい、そんなの、まったく聞いたことがない!


最後の乗客を収容したのち、バスは再び定常コースを走り始めた。何事もなくいつもと同じように、定められたコースを巡回するのだ。僕はいつも、その巡回のほんの序の口の場所にて降りる。そこで僕だけが降りて、そして道端にたった一人取り残されてから、いつものように色々を思い、考えが渦を巻き、沈殿する考えの断片を手ですくっては落とし、掬っては落とす。僕は結局、あのバスの最後がどうなるのかを知らない。あの後のバスの行く先も乗降客も、終点の到着時間も、巡回一巡の所要時間も、何もしらない。