口内の役


 口内炎とは長年の付き合いであるがゆえ、炎症が生起してもまたいつものことかと思うくらいで大抵驚かないし痛みにことさら苦しむこともない。軽いものであればほぼ意識下に上らぬほどで、自分の意識下にはもはや口内炎痛に対する耐性が確立してしまったらしい。ゆえに口内炎の苦しみも予防の必要性も感じた事が今までなかったのである。
 ところが先月の始めから数日前までの約一ヶ月間、複数箇所に連続して合計五つ発生しあらん限りの力で猛り狂ったまるで溶岩のようなあの痛みの塊には、完膚なきまでに打ちのめされた。口内炎で、これだけ痛苦に苦しんだ経験は初めてではないか。通勤電車内など、何もしてないときの痛みがとくに酷く、しかしなすすべなく、唾液の分泌を必死に調整したり、まばたきを繰り返したり、手を開いたり握ったりを繰り返して、ただひたすら痛みに耐え続けるしかなく、これにはもう、筆舌に尽くしがたいほどの、忍びがたきをしのび耐えがたきを耐え、マジでほとほとくたびれた。一言二言喋るだけでも辛く、妻に話し掛けられるたびに恨みがましい涙目でその顔を見返したまま無言で押し黙り、ふてくされて背中を向けてごろりと横になりそのまま動かなくなるなど、なにしろ激しく厄介極まりない心身の情況に陥った。もしかしたら口内炎じゃなくて顎の骨まで溶けてるような酷い虫歯とか、気持ち悪い虫が寄生してるとか、とにかくもっと猛烈に凶悪でグロイ病気ではなかろうか?と思った瞬間さえあった。あまりにも痛すぎて、口内のどの部位が痛いのか、よくわからなくなってしまい、奥歯のもっと奥あたりとか、顔の下半分かそれ以上が痛みの反響でわーんと鳴っているかのように感じられて、苦痛が顔の形をして貼り付いてるみたいに思えて、ついには、ふと意識が遠のきそうになったりもした。
 あらためて思うが、口内炎とは、まことにおそろしい疾病である。自省する。今まで甘く見ていた。敵を見くびっていたのである。これは、じつに恐ろしい病気である。これ以上は、身がもたない。もう二度とごめんだ。今後はなんとしてでも回避したい。本気で予防に取り組みたいと思っている。そこでさすがの僕も、ついに重い腰を上げたのである。口内炎撲滅のため、できることから少しずつ運動を始めようと思う。この苦しみを教訓とすることにより幸い来年度は潤沢な予算が見込めそうなあんばいである。今こそチャンスだ。まずはビタミンの摂取が肝心である。あとは健康で規則正しい生活である。あと飲酒は適量にすることである。これらはすべてバランスの問題であるから、すべてを満たすことのできる最適解というものをひとつ見つけて、それをもって抜本的かつ速攻性にすぐれた予防となすべく、今は各種文献や知人関連にあたって目下研究を重ねているのである。