ビル・エヴァンスの「Alice in Wonderland」はtake1とtake2ではずいぶん違う。とくに後半のはじけ方が、まるで違う。
というか中盤以降の、あのもう居ても立ってもいられないような、感情が溢れて溢れてどうしようもないような、もうコードの枠とかリズムの内側とかお構いなしに、いちばん遠い場所からうわーーっと畳み掛けてきてちゃんと着地できなくても全然かまわないみたいな、そういう勢いだけで振り回してる瞬間。あれがtake2そのもので、結局その部分を、皆が感動しているということなのだと思う。
なんとなくyoutubeでAlice in Wonderlandで検索してみると、かなりたくさんの人々が、自分で練習してビル・エヴァンスの「Alice in Wonderland」をピアノで弾いてる映像がある。そのうちのいくつかを聴いてみて、こういう普通の人が、楽譜どおりにその演奏をコピーするのを聴くというのは、なぜか不思議な楽しさがあると思った。高校時代のコピーバンドを聴くのにも似ているけど、その拙い感じ、でもちょっと得意気で満足気味で少し誇らしげで、その一個一個を、丁寧に目で辿って弾いてる感じが、妙に曲のいちばん敏感な部分を露にするというのか、不思議な逆説として感動を呼ぶというのか、あまりにも拙い手つきであるがゆえにかえってオリジナルへの鋭い批評になってしまうような感じもする。
でも、で、それはそれとして、それで良いのだが、でもどうやらこの、皆が参照しているaliceの楽譜は、おそらくtake2から適度に編集してあるやつらしく、さっきくどいどほど語ったSunday at the Village Vanguard のAliceでもっとも感動的な箇所が、たぶん欠けている。…というか、なんというか、そういうことではなく、いちばんすごい場所が記載されてないまま、演奏されて終わってしまっている感じがする、というか、なるほどでも、それはそうか、これって、記載のあるなしではなくて、楽譜見てコピーってできないよな、と思う。
あらためて、ビル・エヴァンスが一体どうやっているのか?を聴いてみる。最初の、出だしのところから、はっきりと違う。ウェブにAliceの楽譜があるけど、いちばん最初の音はDm7susだ。これを単純に弾くなら、ここで弾ける(http://www.chordbook.com/guitarchords.php#cbook)(D 7sus4でも、大体おんなじだ。)。しかしビル・エヴァンスは、この音をおそろしく繊細に弾き始める。弾くというより、置き始める、という感じ。ばらばらの要素を間に合う寸前のギリギリのところで、かろうじて一個か二個置いて、なんとか曲を始めるような感じ。…ちゃんとルートの音を弾いてなくて、わざと欠けたような、たどたどしいような、一回で済むことを二回か三回に分けて説明的なほど手探りで弾き始めている。最初の一音からしてこれ。この後も一事が万事、この調子で進んでいく。これは…コピーできない。というか、コピーする意味がない。