中目黒の冬


 寒さはピークに近づきつつある。あるいはここが頂点か、まだ先があるのか。朝、玄関のドアを開けて外へと歩き出すときの、冷気の凄まじさ。いきなり冷水プールに飛び込んだようなショックに、思わず「うぅうっ!!」と声が洩れてしまう。袖口、首元、スラックスの裾はもとより、開いた口、耳、瞼と眼球との隙間からさえも、冷気が容赦なく入り込んでくる。寒さに全身が浸ったようになり、自分というかたまり全体が、寒さに溶けて拡散して薄く霞んだ繊維質の網目状の物体となって、そのやわな構造ごと細かく震える。震えれば震えるほど、熱が体外へ放出されてしまうかのようだ。でも中心部位の心臓だけは、何も知らされていない安全保護区内に生息しているかのごとくひたすら整然と鼓動し続けていて、それが外からでも、網目越しに薄っすらと見えそうになってしまう。吐く息が白いとか、手がかじかむとか、そんなことを確認する余裕すらない。心臓をそのままだましだまし動かし続けて、足を惰性で、右と左交互に、動かして動かして、ただひたすら繰り返し運動して、そのうちどうにか、駅にたどり着くというだけだ。

 中目黒の冬。これを書くのを何よりも恐れていた。これを書く日が来てしまうことを、恐れていたのだ。中目黒の冬。東横線のホーム。日比谷線から追い出された我々一般客は、あの吹き曝しのホームで、みなとみらい線直通、元町・中華街行きがホームに滑り込んでくるまでのあいだ、信じ難い寒さを必死に耐えるのだ。待ち時間は、およそ4分前後。この4分はおよそ、人間が過去の歴史において経験してきた中でも、もっとも過酷な4分であるのは間違いない。ほとんど全員が、やってきた電車に、這って乗り込むのだ。たったの4分で、誰もまともに立っていることさえできなくなる。四肢は胴体につながっているだけでなんの役にも立たなくなる。目は見えず耳は床に落ちてしまい鼻と口は凍結寸前のまま体内の熱気に触れる周囲だけ水分に爛れた噴出口みたいになる。もはや人間の機能はことごとく止まった状態で、とにかく意識だけは確かに持って、来た電車に確実に乗り込むことだけに集中する。ときには皆で掛声を出し合ったり励ましあったり、手をつなぎ合ったりもしながら、協力し合って辛い時間を耐え忍ぶのである。そして、やって来た電車のドアが開いたら、全身の力を振り絞って車内に乗り込む。自分の身体がこれほど鈍重なものだということを、嫌というほど実感するひとときだ。感覚を失くした両手の指先に触れるもの何でも握り締め、それが手摺りであれば全力で噛り付くようにして身体を支えて持ち上げて引っ張り揚げて、這いずってでも良いから中まで入って、やっとの思いでシートに横たわる。あとは全身をがたがた震わせながら、目的地に着くまで窓の外をうつろな目で見つめるだけだ。次は祐天寺。