この半月で、渋谷に三回も来ている。今日は寒くて雨も降るような日だったので、渋谷にしては、少し人混みも少なかったかもしれない。電車も空いていた。今日来た理由は、先週買っためがねをとりにきたため。


ヒカリエにはじめて入った。イベントスペースで「渋谷ヒカリエ開業1周年記念特別建築展」という小規模な展示をやっていて、そうか、この建物は元々東急文化会館だった跡地にできたものだったのかと今更知った。と言っても僕は昔から渋谷には馴染みが薄く、東急文化会館の記憶もほとんど無いのだが、たぶんパンテオンとか渋谷東急とかの映画館には一度か二度は来てるのだろう。


めがねをかけると、とにかくまだ視界が歪んでいるというか不安定というか、近くや足元を見下ろしたときの違和感が強烈で、階段や段差が、どうしてもおそるおそるの動きになってしまう。歩いていて、自分の身長が十センチは高くなったような感じというか、十センチくらいの高下駄を履いて歩いているような錯覚があって、いつもよりかなり高い位置から周りを見下ろしている感じになる。正直、ふつうに歩くだけでもかなり恐い。


駅や人通りの多いところにいるときだとまず、近くではなく遠くの人の顔が目に入ってくるところが今までとまったく違う新鮮な経験である。たくさんの人が行き来するところで、他人とすれ違うとき、たぶん意識のどこかで「人らしき何か」というレベルでの認識はふっと浮かんで、視界から消えたらまもなく消去されるのだと思うが、それが今までの距離感とは全然ちがうところで「人らしき何か」を感じていて、なんというか、自分がここに歩いているはずなのに、別の場所から見ている感じになるというか。しかし、遠くを見たときのクリアさはすごい。とにかく、明るさが違う。ものがはっきり見えるというのは、単純にすべてが明るいということのようだ。どんよりした曇り空の一日だったのに、そのグレーやしっとりと雨に濡れた木々の沈んだ色自体がビビッドに輝いている。


簡単に言えば、とにかく、近い場所が、とても不安定で何をするのもおぼつかなくて、ちょっと遠くが、すごく認識しやすくなったという状態。それにともない、これまでの自分の存在も多少うすいというか、はんぶん浮かんでいるような感覚だ。


まあ普段の生活ではまだ、それほどめがねが必要なことはなさそうで、たぶん仕事で打ち合わせのとき壁に投影されたプロジェクターの映像を見るとか、駅のホームで遠くにある発車時刻の案内板を見るとか、その程度か。でも楽しみなのは、映画館でめがねで見たらどうかということだ。いま裸眼でも字幕が読めないとかそういうことはないので、単に映像のクリアさがどうかというだけだが、いややはり、この現実世界の浮遊感が強いうちに映画の世界は見ておきたい。明日行こう。