たしか火曜日。台風が過ぎていった日の朝は、秋のさわやかさと、歩いていく先のところどころで、窒息するくらい濃厚な金木犀の香りに満ちていた。


金木犀の香り。いつものことながら、度が過ぎる。電車の座席に座っていたら、香水か、シャンプーか、柔軟剤か、お風呂上りか、エステ帰りかわからないけど、とにかく猛烈な芳香を漂わせる若い女性が、隣に坐ったときのような、まるで、隣に人間がいるようではなく、美容院の店舗がいきなりあるみたいな、蓋を空けたまま床に転がしてしまった香水の瓶だけがゆらゆらとしていたみたいな、おおよそ人間的な質量とは別の存在感を感じさせる、あの香り。「いい匂いがする女に弱い」とは、男がよく口にする言葉であるが、それはなぜかというと、女が近くにいるのに、まるでそれが女ではない何かとしか思えないような、その現実感とのギャップの頼りない不安さを、揺さぶられるのが楽しいからだろうか。


金木犀の香りといえば、今やまるで、やや飽きられてしまった存在のようだが、しかし台風明けの朝に、意外なほど鮮烈であった。