モデラート・カンタービレ


デュラスの「モデラート・カンタービレ」を読んだ。これ、いいですなあ…。


海岸通りにあるカフェで、夕方から夜にかけて、工場の終りの時間になると一斉にサイレンが鳴り、その後しばらくすると労働者ががやがやと集まってきて、カウンターで酒を注文し、義務のようにそれをすばやく飲み干して、終わるとすぐに出て行くような店である。女主人はグラスを磨いたり、赤い毛糸の編み物をしていたり、時折ラジオのボリュームを上げたりする。


夏前の季節らしいうららかな日々の夕暮れである。店には西日が差し込んで、光と影のばらばらとしたコントラストで、一部は壁を暖かい色合いに変えていて、カウンターにいる客の背中や横顔の一部にも、残照が残っている。


アンヌ・デバレードがその店で知り合ったショーバンと、ひたすらワインを、飲んで飲んで、生水のように喉をならして、只ごくごくと飲み続ける。もうとにかく、飲むのだ。デュラスは晩年アル中だったそうだが、1958年のこの小説の時点で、登場人物の飲み方はすでにヤバイ線を越えている感じ。


それにしても陶酔的な、店内を揺れ動く日没時の光線。他の客の動き。アンヌの小さな息子が遊んでいる店の外の、波止場に停泊しようとする曳舟のゆっくりと近づいて来る様子。


自分は何も知らないけど、と前置きして男は喋る。何か言って下さい。もう少し飲みませんか。もう少し話してくれませんか。突き放したような視点からの三人称語りが素晴らしい。


カウンターから奥のテーブル席に移動して、壁に西日の光線があたって二人の影が重なって黒い穴のようになる。


ドレスの大きく胸の開いた、半分露出した胸元に、木蓮が飾ってあって、その香りの強さ。暗闇と光。曳舟のモーターと、ラジオと、喧騒の音。


いいですなあ…。