皿の上


新橋の喫茶店で簡単な昼食を摂りながら、向かいの壁にすごく凡庸なイラスト風の絵が掛かっているのを見ていた。長いドレスを着た女性が暗闇の空間内にひっそりと座っている絵で、画面中央よりやや左よりに、右を向いた頭部から上半身への塊が置かれて、下半身は画面の下方向に流れ去るように、つまり極端に長いドレスの裾が広がるように右下へ流れていって身体の向きと同方向の脚部を暗示しつつ、反対側へもそれと同程度のボリュームで別の布の広がりが為されていて、大きめの広がりと小さめの広がりが画面全体に程よく配置されて画面全体の構成を支えているといった感じのもので、皿の上のものを食べながらそれをぼけーっと見ながら、学生の頃に絵を描いていたときの感触をぼんやりと思い出していた。この絵の三分の二くらい無ければ良かったのになあ、真面目は罪だな、真面目だから、こうして罪が反復されるんだな、それに加担したことになってしまうんだな、結局、あそこまで描ききってしまう前に、いつも最高にいい部分があらわれているのに、それをみすみす逃していたよなあ、などとそのときの感覚をやけにリアルに思い出していた。ほんとうは、凡庸な絵とかくだらない絵とか、そういうのは別になくて、あらゆる絵が潜在的にはいちばん良かった瞬間を隠しもっているのだけれども、それをその場で止められないというのが現実、ああ、そうそう、もっとこの過程のぜんぜん手前によい部分があったはずだったよなあ、でもそれを当時はっきりと信じることさえできれば、その孤独には価値があっただろう、自分の力をもっと信じたかったなあ、などと、なんだかよくわからないことを考えながら一人で納得しながら、皿の上のものをパンでぬぐっている。