塩山

早朝のあずさ3号に乗って、甲州市の塩山へ。塩山駅で待ち合わせた六人が集まる。レンタカーを借りて乗り込む。

甲州にははじめて来た。特急あずさに乗ったのもはじめて。自動車の後部座席から周囲の景色を眺めていると、たしかに四方を山に囲まれた盆地型の地形だというのがわかる。たぶん遠景の山々の手前の土地がこちらに向けてすこし傾斜しているからだと思うが、「ガンダム」の冒頭で巨大なスペースコロニー内部に普通の山々や家々のある地面が広がっていて、それがぐるっと円筒の内側を巡っている情景を思い出してしまう。そこに唐突に人間の生活空間が成立しているのを上から見下ろしたような不思議さ(見下ろす視点ではないのに)。どこもかしこもブドウの木が、ほんとうにあちこちにある。と言ってもフランスの有名なワイン生産地のような雰囲気とはおそらく違って、ハウス栽培だったり棚からぶら下っていたりで、ワイン用だけではなく様々な用途の葡萄がつくられる日本の果樹畑といった雰囲気である。

車を降りてすこし歩いて、甲州市かつぬまぶどうまつり、という催事の会場へ。午前中からかなりたくさんの人で賑わっている。千円払ってワイングラスを一つ買う。会場にはお祭りによくある各種出店が立ち並んでいて、さらに甲州市内のワイン生産者業者の名前入りテントが軒を連ねている。購入したグラスで各ワインの試飲が可能、一部のワインは飲み放題というお祭りである。じつは僕は、今日の目的地や計画をほぼ把握しないままこの場所に来ていて、おそらくブドウ狩りとかそういう牧歌的なやつに参加するのだろうとか思っていて、目的地がこういう場所だったとは予想してなかったのだが、そうか今日はワインなのか、こうなったら仕方がない…と思ってさっそく片っ端から試飲する。

それにしても十月だというのに、外は目を疑うような猛烈な日差しで、空は青くしかし雲は分厚く濃い陰影をたたえている。西洋風を模したようなすごく安っぽいペンキ絵のような空だった。ぴかーっと白く光った太陽が、夏よりはやや透過率の高い空気を通した直射日光となって降り注いでいるので、それを浴びているだけでも疲労が重なっていく感じである。このぶんだと、まあ三十分もしたら酔いが回ってしまうだろうと思っていたけど、レストランでテイスティングする量よりさらに少ない程度なので、いくら飲んでもべつに酔うということはなく、いつまでも飲めることは飲める。たまたま比較的体調も良かったようで、朝からずいぶんアルコールも摂取したにも関わらず日が暮れるまでとくに疲労も感じずに過ごせて助かった。しかし暑くて、ワイン会場にいるのに生ビール飲みたいなーとは思った。ビールも売ってるんだけどこの場所でビール飲んだら負けだと思って、ストイックにひたすら試飲した。しかし市内にこれだけたくさんのワイナリーがあって、どこもきちんとしたもので、きっと熱心なファンも多いのだろう。国産ワインも本当に大したものだと思うが、価格もべつに安いわけではないので、まあ相応だよなとも思った。同じ傾向のものばかり飲んでいたせいもあるが、あまり細かいことはわからず、まあどれも美味しいですねという感想。つまりその程度の味覚しか持ち合わせてない。大体で、何でもいいのである。

その後、大善寺を見たり近くのワイナリーでさらに試飲したりで日が暮れるまで過ごす。夜は塩山駅近くのなかなか立派な店の個室で食事にして、それで解散。疲労が極点に達したメンバーもいて、我々も若くないし今後は行程に余裕が必要だねなどと反省点を共有した。僕は今日一日でとくに顔面に日焼け跡がはっきり残ってしまって、十月にもなってなぜこんな顔をしているのか滑稽感まる出しで恥ずかしい。帰りのあずさは乗車後に特急券を買える程度の混み具合。おみやげにもらった葡萄をすこし食べたら驚くほどの甘さだった。こんな葡萄はじめて食べたぞ。あまりにも糖度が高くて、咀嚼して飲み込むときに喉に軽く抵抗をおぼえるほどだ。猛烈に甘いお菓子を大量には食べられないのと同様、この葡萄も一気に一房食べるのは難しい。それほど濃厚な味わいの果実である。