痕跡

高幡不動尊は予想より人が少なかった。モミジの赤が背景にある陰影に一部沁みこんだような、黒々とした木の幹が途中からふと薄まって赤色に消えかかり、木の葉と後ろの空気が溶解して癒着してしまったようだ。

そういえば先々週の目黒自然教育園でも一部に痕跡が残っていたが、平山城址公園も十月の台風の影響でかなり多くの倒木および落枝があったようで、所々で立入禁止区域が設けられていた。見渡していると、いまだに細かくちぎられた小枝や木の欠片があたりに散乱していて、しかし敷地内のかなりの範囲で丁寧に掃除された跡もあって、寄せ集められてうず高く積まれた木々の破片群があちこちにある。折れた断面を露出した巨木が倒れているのも見た。いつものように静かで、人もほとんどいなくて、無風で快晴の空から光が注いでいるだけだが、視界のすべてが、やけに荒んでいるというか、見た印象がかなり違う、走ってる線のタッチがいつもとぜんぜん違う、だらっと疲れた景色。

 それにしても、何て暖かい陽気だっただろうか。長袖のシャツ一枚着てるだけで、これでも十二月か。上着を全部収納したリュックサックがめいっぱいふくらんでしまった。歩いていると、白っぽい蝶のような蛾のようなやつらが、我々の周りにまとわりつくかのようにやたらとたくさん飛んでいて、こういう虫ってふつう人間から逃げるものじゃないの?などと文句を言いながら進んだ。たしかに目障りなくらいに、さっきからずっと付き添われてるみたいに、ちらちらと飛んでいる。何となく自分の身体から出たものを衛星のように引き連れているような気になる。