昨夜眠りに着くのが遅かったせいで、朝とても眠かった。睡眠不足感が身体全体を覆っている。出勤中も身体が重くてだるい。もうこのまま何もせず何も考えずに会社では木偶の坊の如く過ごし、仕事が終わったらすぐに帰宅してすぐに眠る、眠ることだけ優先させる、今日一日の目的や意味のすべてが眠りにつくことへ集約され奉仕するようなものであれば良いとさえ思う。しかし会社を出るとなぜか不思議なことに水泳しようと思うのだから、どこかおかしいというか壊れてる。それほど無理はしないレベルで、もし嫌になったり疲労を感じたらすぐやめて良しと自分に許可した状態で泳ぐのだが、結局いつもどおり。そこそこ疲労しているときに無理に運動すると脳内快楽成分の分泌量がやや増しになってワリといい感じなのだ。


帰宅後テレビのチャネルを変えたらスピルバーグジョーズ」の、三人が船室で酒盛りしているシーンが映った。ロバート・ショウの戦時中に海でサメに襲われて百人死んだ話を聞いて、そのあと歌って騒いでいたらサメに強襲されるシーンのあたりだった。三人が船内から甲板に出ると、もう夜明けなのだ。つまりこの人達、徹夜で呑んでいたのか…そしてこの後すべてが決まるのか。戦いが終わるのは、数時間後だ。二つ目の浮きをサメの身体に打ち込むシーン。逃げるサメにやや遅れて「オルカ号」が海上を疾走する。舵を取るのはリチャード・ドレイファスで、ロバート・ショウは船の舳先から突き出た足場の先端に立って獲物にライフル銃を向けている。目標を狙い打つためにすべてが動く。サメが背負ってる浮きが波飛沫を立てて海上を走り、船も走り、それを追うカメラも走る。すべてがいっせいに動く。ジョン・ウィリアムズのスコアが煽り立てるかの如く躍動する。ロバート・ショウが手を左右に向けて合図する、それを見ながら舵を動かしているときの、おそろしく緊迫した場面であるにも関わらず、リチャード・ドレイファスの表情に笑みが浮かぶ。映画を観ていて、ほとんど完璧な全能感につつまれる瞬間である。


そして、しだいに状況は悪くなる。サメの動きはまったく鈍くもならず、浮きを三つも身体に付けたままで水中を悠々と潜行している。回収した浮きと繋がってるロープを船に固定してサメの動きを止めようとしても無駄だ。サメの力が強大過ぎて、船そのものが引き摺られて崩壊寸前まで行く。「オルカ号」は小型の、かなり老朽化した船だ。すでにエンジンはかなりヤバそうだし各所に相当なダメージを負ってしまった。四面楚歌、いよいよ追い込まれた、さっきの疾走感が嘘のような沈鬱な雰囲気。


警察署長のロイ・シャイダーは海に関して素人だし臆病だし常識的で冷静なので、万事休すと思われた時点で無線連絡して援護を求めようとするが、ロバート・ショウは無線機器を叩き壊してしまう。ロイ・シャイダーは当然怒り狂う。このあたりから空気が変わってくる。そうかロバート・ショウはエイハヴ船長なのね、とあきらめの気持ちで受け止めるしかなくなる。ほとんど意図的にそうしているとしか思えないようにしてロバート・ショウは船を全速前進させる。エンジンは煙を上げ、やがてその煙が真っ黒になる。やがて船は停止する。サメとの攻防で浸水した船は大きく傾いた姿でかろうじて浮かんでいるように見える。


現実とは違ってこの映画のサメは、そんな船と船上の人間を律儀にも追いかけてくるのだ。ここまでやったのだから、最後の一押しで敵を完全に絶滅させてしまおうとでも考えているかのようだ。リチャード・ドレイファスの檻中毒液注射作戦がほぼ予想通り失敗し、あとはただひたすらなすがまま、一方的に相手の攻撃を受け続けるだけ。負けるとはつまりこういうことだ。悲惨な出来事の現場とは、つまりこういう情況を呈した場所のことだ。負のカタルシス。事態はついに終局へ向かう。


まあ、ラストはああなるのだけれども、それはそれとして「負け戦」を描いた映画として、本当にこれは観てしまう。というか、なぜこの映画を僕はこんなにも好きなのか。今まで何十回観たのかと思う。僕の中では「ジョーズ」はロバート・ショウロイ・シャイダーも死んで、オルカ号は沈没し、リチャード・ドレイファスはもしかすると奇跡的に生還したかもしれないが詳細不明、という感じの話になっている。