微生


千駄ヶ谷に到着して、地図を頼りに目当ての店を探す。十分ほど歩いて辺りを見回すも、それらしき店はない。
何度か辺りを徘徊して、まさか、もしやと思ってスマートフォンで再確認する。
あらー…。ここって、実店舗は存在しないんだ。通販専門なのか。
なんか、連日、こんなのばっかりだ。自分に呆れて、駅の方角まで戻る。
夏日である。日差しがますます、肌に暑く感じられる。
妻が、コンビニでソフトクリームを買って食べている。ゴキゲンそうな顔。年齢を考えなさいよ。
線路の下をくぐって、千駄ヶ谷門から新宿御苑に入る。
入ってすぐのところにあるスズカケやもう少し奥の斜面のマツ科の黒々とした木肌の巨樹を見ていると、こいつら植物じゃなくて、もっと生々しい生き物だなと感じる。
生命力の漲りみたいなものを感じる。息遣いや体臭さえ漂うような気配というかふてぶてしさがある。何しろ、時間あたりの営みの堆積量において、この連中は人間なんかとは桁も格も違う。
年月というか時間の感覚が樹木と人間とではもはや共有不可能で、樹木とくらべたら人間はおそらく羽虫などに近い。ある瞬間にぼっと灯ったように存在しているだけだ。


しかし羽虫のような人間共が、ここ新宿御苑ではいつまでも永遠の幸福をむさぼっているかのようだった。広がる芝生のそこかしこに二人連れや家族連れが点々と散らばって、座ったり寝そべったり、お父さんは仰向けになって赤ん坊を両腕にかかえて空に向かって高い高いをくりかえしていて、空を背景にした子供が父親を見下ろして喜んでる声が聞こえてくる。ラケットに跳ね上げられたバドミントンのシャトルがふわっと浮かんで宙に静止してゆっくりと落下してきて、それがまたラケットで跳ね上げらて空中を何度も往復している。その傍らでよたよたと危なっかしく逆立ちした男性のシャツがめくれて腹が丸出しになって恰好悪く崩れ落ちて、また別の誰かが両足を空に向けてばたばたさせながらへたな逆立ちに挑戦している。向かい合って距離を隔てて写真を撮る男と撮られる女が、やがて歩み寄ってカメラを覗き込み、やがて並んで同じ方向へ歩き出し、その前にも後ろにも人々が連なり、それぞれ思い思いに、まさに無数の微生物が、大気の中を動きまわるかのようにして陽光の中を動き回っている。新宿門から出た我々二匹の微生物も、その後靴屋とか本屋を見て、生牡蠣を喰って、TUTAYAに寄っていろいろ借りてから帰巣。


ベイビー・ドライバー」をDVDで再見する。やはり前半までは文句なしに気持ちいい。主人公がコーヒーを買って街中を歩くシーンでは必ず"Harlem Shuffle"が流れ、その音楽と作品世界の音が完全にシンクロしているのだが、こういう作り込まれた感じは凄いと思う反面、作ってあること自体のやや浮き上がった印象も感じなくはないのだが。とはいえノリノリの運転シーンとか街中を歩くとか録音した音をサンプルに自作曲を作るとかガールフレンドと知り合って名前と曲名のやり取りをし合ってその後デートするあたりまでは、それがどんなに荒唐無稽で幼稚でありえない話であってもこの音楽に乗せて目の前で展開されている限り、この幸せがいつまでも続いてくれれば文句ありませんという気持ちにさせてくれる。(DUMMEDの"Neet Neet Neet"、Carla Thomas"B‐A‐B‐Y"、Beck"Debra"、T.Rex"Debora"(トレックス!)、Commodores"Easy"…このあたりまではもう、麻薬を使ったかのような幸福感に浸っていられる。)…しかしさすがに後半の展開は強引で爽快感もあまりなくて、なによりも音楽的じゃなくなってしまうのが惜しい。クイーンのブライトン・ロックのところとか、もっと面白くしてほしかったなあ…などとぜいたくを言いたくなる。