ホン・サンス「クレアのカメラ」


カンヌでの撮影なのか。
キム・ミニの服装が、夏。
ノースリーブの黒いワンピース。
長い手足、そして猫背の背中からまるでキリンのように長く伸びた首と、うなだれた頭部。


以下ネタバレ。
しかし記憶を元に書くので正確ではないかもしれない。
おそらく正確ではない。
正確には、どうだったっけ?とひたすら思い出したい。
そういう映画だとも言える。まあ、ホン・サンス作品はすべてそうだ。
ひたすら、細かい部分を思い出したいだけ。


海辺とかカフェとかバルコニーとかレストランとか並んで歩きながらとか、様々なシチュエーションで、二人の人物が対話している。それをカメラで撮影している。撮影しているカメラはもちろん画面内では確認できないが、しかし、ああ撮影しているな、という感じがする。そういう視点で捉えられた二人の会話が続く。会話が終わって、次のシーンに移る。最初から最後まで、ひたすらそれだけ。この作品もそうだ。


元会社の同僚に偶然会った。
同僚はキム・ミニを「室長」と呼んだ。どうして急に辞めてしまったんですか。
キム・ミニは社長から突然解雇を告げられたのだ。しかも出張先のこの地で、いきなりだ。


キム・ミニがオフィス風の場所で座って仕事をしていた。
社長に話があるので外へ、と誘われた。
「室長」と声を掛けられた。元同僚と会った。
タバコを吸いながら、解雇になった顛末を話した。


社長とカフェにいる。その場で解雇された。記念撮影した。
犬がいた。
イザベル・ユペールが歩いていた。
カンヌで作品が上映される予定で滞在している映画監督とたまたま知り合った。
カフェや本屋で一緒に過ごした。
犬がいた。
プロデューサーでもある会社社長も同席して、レストランのテーブルを囲んだ。
イザベル・ユペールポラロイドカメラで写真を撮るのが趣味で、その場で何枚か撮影した。
バッグの中から、何枚かの写真を二人に見せた。
映画監督と女社長が、写真に撮られたキム・ミニを発見した。


キム・ミニは浜辺で海を見ていた。
イザベル・ユペールが、浜辺近辺をふらふら散歩していていた。
キム・ミニと出会った。
写真を撮って、話が盛り上がった
キム・ミニがイザベル・ユペールの写真を見て、写真に撮られた映画監督を発見した。
女社長もその場にいたとイザベル・ユペールから聞いた。
自分が解雇された理由がわかった、とキム・ミニは言った。
キム・ミニがイザベル・ユペールに、韓国料理をご馳走することになった。


映画監督と女社長がさっきのレストランで泥酔していた。
映画監督は女社長に別れ話を切り出す。ずるずると、変な盛り上がりのまま宴席を囲んでいた。
イザベルユペールがやって来た。さっき同席していて、一人だけ先に退席したのだが、席にコートを忘れていたのを取りに戻ってきたようだ。


店の外では、キム・ミニが待っていた。
友人宅?でイザベル・ユペールとキム・ミニはくつろいでいる。すでに食後らしかった。
キム・ミニは窓際で喫煙する。その姿をイザベル・ユペールは撮影した。


あとは、…とりあえず割愛。


さて


イザベル・ユペールが映画監督と女社長にレストランで見せたキム・ミニの写真が、どこで撮られたものなのかが、はっきりしない。


イザベル・ユペールとキム・ミニが初めて出会ったのは、その日の浜辺だったはずだ。
イザベル・ユペールは、その時点ですでに映画監督と女社長と、レストランに同席した後である。


もしかするとその写真は、前日かそれ以前に、撮られたものではないのだろうか。
そう考えざるを得ない。写真のキム・ミニは「濃い化粧をしていて」「いろいろな人から声を掛けられて話たり」していたらしい。


キム・ミニが撮られた写真の服装をしていたシーンは、ほかにたぶんなかった気がする。(韓国料理を食べ終わった後、窓際でたばこを吸っているところとか、後述の映画祭のときとか、撮られた瞬間はいくつか出てくるのだが、それらのいずれとも違う気がする。)


キム・ミニが社長に解雇されたときに寝そべっていた犬は、イザベル・ユペールと映画監督が二人で歩いていたときも、同じように寝そべっていた。あれはさすがに、別の日だ。


イザベル・ユペールはキム・ミニと二人で日が暮れてから再びそのカフェを訪れ、わざわざ店の人に確認して、その犬が店の飼い犬だったことを突き止める。店の前に出てきたその犬の写真を撮ったりする。


キム・ミニが宿泊先にイザベル・ユペールを招いて二人で過ごしているところに、女社長がやってきて、キム・ミニはイザベル・ユペールを部屋に残して社長と二人で外で話をする。ここまでが、イザベル・ユペールが行動している一日で起きた出来事のすべてと思われる。


その前に挿入されている映画祭か何かのシーンでは、キム・ミニはTシャツにホットパンツ姿で、それを偶然遭遇したタキシード姿の映画監督にその恰好はなんだとか、いろいろうるさく説教されて、それで涙ぐんで不機嫌そうにしている。それでイザベル・ユペールに写真を撮られて、「撮らないで」と言うが、このシーンが前述した時間の後なのか先なのかがはっきりしない。普通に考えたら翌日なのだろうが、そう確定できる根拠はない。


つまりこのときのイザベル・ユペールが、前述した一日の出来事の前にいる人なのか後にいる人なのかがわからない。でも写真があるんだから、出来事の前にいる人なのではとも思う。その前提でいくなら、イザベル・ユペールが泣き顔のキム・ミニの写真を撮った時点で、この二人はまだ知り合いではない、もっとも古い出来事と考えることも可能だろうか。それは苦しい解釈だろうか。


しかしキム・ミニの写真と、このときのキム・ミニは、服装が違うのだ。しかしそれは監督にいろいろと言われたので、後で着替えたのかもしれないし、数時間後のパーティーの会場とかで、イザベル・ユペールからあらためてもう一枚撮られたのかもしれない。しかしそれも推測にすぎない。そんな風に撮影してもらってる時点で、知り合いになっている気もするし…。(キム・ミニとイザベル・ユペールの浜辺での出会いが、初対面なのかそうではないのかも、よくわからない。)


最後のシーンでは、冒頭と同じ黒いワンピースのキム・ミニが旅行用コンテナに荷物を詰めているシーンである。このシーンも冒頭と同日であると思いたいし、僕はこれを、まだ全ての出来事が起こる前の何も知らないキム・ミニだとも思いたいのだが、そうではなくて、すべてが終わってしまって、事の次第に応じて行動しているキム・ミニだと考えることも可能だし、そう考える人の方が多いような気もする。あるいは、解雇された直後と考えることもできるかもしれない。何しろ服装が冒頭と一緒なので、それほど時間に隔たりはないはずだと思いたいのだが、まあ服装が同じだということは、その映画の時系列を証明する何の根拠にもならないとは言えるだろう。


まあ、衣服は、可能ならいつでも着替えることができる。たとえ映画の登場人筒であっても。


ラストシーンの鮮烈なうつくしさ。


何度か出てくるキム・ミニの喫煙シーンのすばらしさ。


上映時間はおそらく一時間強の小さな作品という感じ。


またいつか再見するでしょう。