青木さんが佐野さんに「お願いしたあれを、今日中にやっといて下さい。」と依頼する。
佐野さんは「わかりました」と言って作業に取り掛かる。
午後になって、佐野さんは青木さんに相談する。「依頼された件ですが、あの方法だと最後まで完了しません。」
青木さんは「え?どうして?」、と言って経過を見る。
それで、自分が指示した通りのやり方だと、たしかに終盤で不整合が出ることがわかる。
青木さんは答える。「あ、なるほど。じゃあ、これはこれで、もういいです。」
佐野さんは驚く。「え?いいんですか?」
「いや、うん、いいです、今の状態で提出して下さい。」
「え?でもまだ途中ですけど。」
「うん。途中でいいよ。それで下さい。」
「…それでいいんですか?」
「いいの、いいの。」
「…わかりました。」
佐野さんは、何となくモヤモヤする。中途半端だ。
この状態のままで、何になるのか。青木さんが最初から作り直すつもりなのか?
指示されれば、私がやるのに、今までの時間は何だったのか?
青木さんは、その作業結果を途中で受け取って、それをどうするのかと云ったら、別に何もしない。
修正どころか、ファイルを開きもしない。
そもそも、元々どういう目的で作業依頼したのか、何に必要なタスクなのかを思い出せない。
それはそのまま保管されて、誰からも参照されず、いつまでもそのままだ。
辛い仕事、苦しい仕事、気の滅入る仕事は、たぶんこの世にたくさんある。
ほんとうに泣きたくなるような、あるいは怒りに震えるような仕事というものも、おそらく、たくさんある。
そういう仕事らしい仕事を、自分はしたいわけではなかったと、いつか青木さんは思ったことがある。
理想の仕事は、どうでもいいことを繰り返して、ゲームセンターのコインゲームみたいに、わずかな金が、減りもせず増えもせず、ざらざらと音を立てながら、何十枚か無くして、何十枚かが落ちてくる。それをまたゲーム機の中に投入して、盤面をぼんやりと見ている。それの果てしない繰り返し。
佐野さんはその日、会社を早退する。
べつに怒ってはいない。
車のキーを回して、エンジンの音を聞く。
一日中見ていても鳥の一羽すら発見できないような晴天の空の下、見渡す限りの田畑が広がっている。
何もないだだっ広い一本の国道が通っている。
車を走らせる。アクセルを踏みっぱなしでも、一定以上の速度に達するとそれ以上には上がらない。
ハンドルを握りながら、ただ景色を見続けている。