残雪

残雪の「カッコウが鳴くあの一瞬」を図書館で何となく立ち読みしてたら、かなり良くて、これは読みたいと思って借りてきた。冒頭の短編「阿梅、ある太陽の日の愁い」を最初に読んだときは相当鮮烈な印象だったのだが、二度目に読んだら、あれ、実はけっこう、ふつうのことが書かれているのかも…という印象も受けた。母親と娘である私がいて、そこに妙な男が介入してきて、私と男が結婚することになる。結婚式は閑散としていて、落ち着かない態度で座っている三人ばかりの招待客に対して私は気の毒に思う。母親は当初、男を大変気に入っていたが、次第に真逆の態度になって、今では男の悪口ばかり言ってる。男はまるで勝手気ままな行動を取るばかりで、次第に家にも寄り付かなくなる。当初は顔に巨大なにきびがあったが、家に寄り付かなくなってからはそれも消え、最近はずいぶん風采も上がったらしい。そんな男と私との間には息子が一人できたのだが、私はこの息子についてほとんど関心もない。息子を育て面倒を見ているのは母親らしい。とはいえ母親も自分の死期が近いことを悟っているのか、いつも部屋の奥で恨み言を言ってるばかりだ。これらのエピソードがまったく一様な距離感で感情を揺るがすこともなく淡々と記されていて、話は数ページで終わってしまう。読んでもっとも不可解に感じられるのは語り手の私そのもので、この人は徹底して語るだけの態度に終始する。どの作品もおおむねそのような感じで、語り手が自分自身の思いや感覚をうったえることはほぼ無いような印象だ。そのかわりに、おそらく目に飛び込んできたある事物の様子や、部屋の様子や、音や気温の様子は、語り手を通して読み手にダイレクトに伝わってくる。すぐ耳元に聴こえてくる羽虫の飛ぶ音、部屋の中にまで霧が侵入していてものの輪郭を曖昧にして、狭苦しい室内全体が濁ったグレーで視界不良、壁にはびっしりと水滴がくっついている。傍らにいる男、鼻の頭には巨大な吹き出物、にんにくの匂い、部屋の奥に吊り下げられた古い蚊帳…。