来たるべきもの

明け方、いやまだ真夜中だったと思うが、僕とある女性がテーブルに向かい合って座っていた。ここはおそらく池袋の北口を出てすぐのビルの二階を上がったところにある古めかしい喫茶店だ。ドアを開けてすぐの二人掛けの席にいた。相手は花柄模様の濃くて渋い色のワンピース、栗色の髪は黒いリボンで飾られている。まつ毛は長く、両方の瞳は瞬きもせず大きく開け放たれていて、薄い唇を固く結んでこわばった表情。たぶんこの人が、のちほど僕を見て、カッとなってその目を血走らせて、怒りに震えて立ち上がり上体を起こす瞬間があって、相手の手に握られた物が光を反射させて、あ、これはヤバいと思って、身の危険を強く感じて「おいおいおい!やめろやめろ、あぶないあぶないあぶない!!」と口走って「わー!」と絶叫して、そこで目が覚める。先日のパンダも、おそらくパンダにもパンダなりの怒りがあったのだし、明け方の彼女もそうだっただろう。何を怒っているのかはわからないが、目の前の相手は、こちらが何を言おうが、どんなに宥めすかそうが、結局は感情の昂ぶりを抑えることができない。何とか言葉を交わして、説得をこころみて、相手の言い分を聞いて、妥協点を見出して、たぎる思いをひとまず元の鞘に収めてもらえないものか、まるで聞く耳をもたない相手が、こちらの態度をみて、ほんの少しでも冷静さを取り戻すことができて、そのまま続けて言葉同士のやり取りに応じないでもない、そんなそぶりを確認できたら、それだけで充分にむくわれる。何をしても応答遮断の門前払いだった相手から、かろうじて対話の糸口を見つけだし、それで相手の物腰にはじめて平常時のリズム感がうまれるのを見て、怒りとは別の感情がその表情に読み取れて、それでようやく平和を取り戻したことが実感される。なんでもないこと、いつもの日常が、こんなにありがたいものだとはなかなか気付かない。そんな風に自分に都合の良い想像ばかりが広がるのだが、でもそれは根拠なき自分勝手な思いに過ぎないのだ。現実はそうではない。回復は見込めない。やはり相手は、態度を変えない。何もかもが徒労だった、無駄だった、状況は絶望的なのだ、僕はそれを黙って見守るほかないし、やがてその相手がこちらに向かってくるのを防ぐことはできない。ただ待つしかない。