名古屋へ

午前十時過ぎの新幹線で名古屋へ。途中、曇り空のせいで富士山は見えなかったけど、沼津を過ぎたあたりで分厚い雲の向こう側に鮮やかな青色がのぞきはじめ、その割合がしだいに増えていった。名古屋の手前で雲は完全に消失した。車窓の向こう、住宅や低いビルなどがひしめき合う地面が彼方まで広がっていて、遠景は山々に囲まれていて、そしてその地平をつつむかのように真っ青な空がかぶさっている。光がまぶしい、ほとんど夏が戻ってきたのではないかと思うほどの明るさ。名古屋のプラットホームに降り立って、汗ばむような猛暑だったらどうしようかと思うくらいの眩しさ。もちろんそんなことはないのだけど、それでも薄手のコートを着ている必要はなかった。朝時点の東京が冷たい雨に凍えるような天候だったのが信じられない。

名古屋から伏見駅へ、そしてさらに電車で小一時間移動して豊田市駅まで。徒歩二十分くらいで豊田市美術館に到着する。「岡﨑乾二郎 視覚のカイソウ」。会場は驚くほどの賑わい。混んでいるわけではないけど、なんだか活気に満ちている。なんだこの雰囲気は、まるで往年の、現代美術がもっと元気で野心に満ちていた、はるか昔みたいな雰囲気ではないか…とか思っていたら、今日はオープニングレセプションの日で招待客や関係者が多数会場にいたのだった。

岡﨑乾二郎作品のまとまった展示はこれまでにも何度か観ているが、ここまで大規模な展示は記憶にない。2014年のBankArtにおける展示規模も相当すごかったけれども、今回はそれをはるかに凌駕するだろう。展示数もさることながら会場全体の空間の使い方が贅沢きわまりない。とくに印象的だったのは、サイズの大小のダイナミズムというか、もともと相当にゆったりした空間内で、通常の大きさや小ささの尺度がちょっと麻痺しているような状態で、仕掛けられた大小の差異の波動のようなものを観続けていると、いつしか感覚にフレームの規定がおのずと緩み始めるというか、ほとんど溺れるような感覚に近づいてくる感じがあった。

セラミック、タブロー、立体、それぞれのテクスチャーのうつくしさが盤石で、しかしなぜそれを美しいと思うのか、透明から半透明へ移り変わっていく状態、同系統の彩度でつつましく色相と明度を変えつつ踊るように配置される形態の関係/無関係は、それがだからどうだというのか、それをうつくしいと思うのは自分が何か間違っているのようにも思うのだが、どうしても根底に揺るがない美しさがあり、それが基盤になったことの安定感に支えられている感じがある。そして、その結果を観ているとき、そのように描かれたということ、その出来事が起こってしまったということ、決定的な瞬間でもあり、その事後でもあるような在り方。一度起こってしまったことはもう取り返しがつかない。覆水盆に返らず、やってしまったことは仕方ない。結果がどうあれ、あきらめるしかない、いや、偶然の産物がこれほどまでに上手くいってしまったことが後ろめたい、自分の手柄じゃないのに報酬を得たようなもの、そんな偶然の産物としての絵画、しかしそれが同時に、また再び繰り返されるという予感でもあり、じつは繰り返されていたことの発見でもあるような在り方、悪いことは必ず二度続く。幸せは、何度でも手元に届く。でも既視感からは絶対に逃れられない。檻の中から出られない。それにしてもあの、手の切れるような空間の裂け目は何だろうか。描いたというか、描かれたというか。描いたなら制御下におかれた結果の提示だし、描かれたならその自覚さえない、だれにも気づかれてない可能性すらありえる。また、描いてないというか、描かれてないというか。いずれにせよそこには何もないはずなのだが、そうは見えないとしたらそこには描く/描かない以外のどんな出来事があったのか。…こんな言葉に何の意味があるのか、不本意ながらまあ仕方ない。これはたぶん感想ではない。

夜が近づいてきた頃、名古屋市伏見に戻ってホテルにチェックインして風呂に入って栄の店に出る。今日誕生日だけど占いで明日死ぬかも、とか言ってるおっさんの年齢が僕より五つも若くて複雑な気分になる。若い職人さんの名古屋地元の自虐ネタが面白くてげらげら笑う。