素面

夜の十時を過ぎて、久々に一日ぎっしり仕事した感をおぼえつつ会社を出て秋葉原駅へ向かう。するとそれをわかっていたかのような絶妙のタイミングで、御徒町の方で飲んでるE氏から連絡がくる。もう遅いけど、まだ何も食べてないし、ちょっと寄ろうかな、と返信したら、え?来るんですか?こんな時間まで何してたんです?さてはすでにどこかで飲んで帰る途中ですね?と言うので、さっきまで仕事してたんです、と答えて、そういえば僕がそんな発言をするのははじめてかもしれないと思う。だいたい御徒町の店で先に飲んでるその人と会うときに、僕が素面の状態だったことが、もしかすると今まで一度もなかったかもしれない。ところで素面と書いて"しらふ"か。漢字だとどうも雰囲気おかしい。素面という字を"そうめん"と読みたくなるけど、まあいいのか。そんなことを考えながら御徒町から店を目指して歩き、そのうちに考えが何か別の方へ行ったのかなんだか忘れたけど、そのままふつうに、お店に到着してそれに気づかず素通りして歩き去ろうとして、たまたま店の前にいた店長に「あれ?ちょっと、ちょっと…」と、呼び止められて我に返った。わー!ひどい、僕、やばいな!いま、完全にボケーっとしてた。何の目的で歩いてるのか完全に忘れてた、声かけてくれて良かった、助かったわ!と慌てて応えたら、店長やや困惑気味に「いや…あれー?どこ行くのかな??って思って、もしかして俺、試されてる?って思って、どうしようかと思っちゃいましたよ…」と笑っている。なんだか普段の行動の方が、逆に酔っ払ってる人みたいなことになってしまったけど、こちらは今の時点でまだ素面なのだ。それにしても、なんか不自然だ。E氏も店長も、おそらくいつも通りに僕に向けて話かけるのだが、僕はまだ日中の続きにいる感じがあるのだ。だからこのシチュエーションがやけに唐突でどことなく手持無沙汰で、妙な違和感を僕はあなた方に感じている、声に出さず思っている。もっともじつは誰もが、互いにみんなそんなものか。