レース

寒い朝だった。いや、それほどでもなかった。が、体感気温として寒いのではなく、見た目が寒かった。というか薄暗いどんよりとした空の下で、気の塞ぐような、その雰囲気そのものが寒かった。首をすくめて、駅までの道を歩いた。

毎朝、同じ地域に住む人々が、大体同じ時間に、同じ駅を目指して歩いている。歩くのが速い人、遅い人、だいたい同じ速さの人がいる。毎朝のことだから、ふと同じメンバーでゴール地点まで競争しているような錯覚をおぼえることがある。誰とも知らぬ、しかし毎朝見かける人の背中を、何分ものあいだ見ながら歩く。その背後、数メートルくらい遅れて、さっきから誰かがずっとひたむきに追ってくるのを感じている。ふいに足音が高まり息遣いが近くに感じられたと思ったら、そのままゆっくりとしたスピードで追い抜かれることもある。歩幅なのか足の長さなのか足運びなのか、何かが違うから、同じように歩いていても速度が違う。速い人は、男女を問わず速い。若い女性でも、高いヒールの靴音を高く響かせて、背筋をピンと伸ばして、大股でがんがん歩いて、やがて前方遥か彼方を見えなくなってしまう人もいる。自分が誰かを追い抜くこともある。そんなときは反対方向から歩いてくる人に注意が必要だ。追い抜くタイミングと対向者のすれ違うタイミングが重なると、すべての進路が阻まれて最悪だ。もしそうなったら、責任はすべて自分にある。

同じ速度の人同士で、マラソンや駅伝のような集団が形作られて、団子状態のままで歩くこともある。しかしラストスパートをかける人や脱落する人など、次第に集団がばらけ始めて、ゴールの駅直前に来ると、もはや誰がどこで何位で到着したのか、まるでわからなくなってしまう。しかしおそらく全員が、無事に駅までたどり着いているものと思われる。