フォードvsフェラーリ

妻が風邪ひいて外出できないので、ひとりで歩いてMOVIX亀有へ。お一人様でもなければ観そうにない作品を選択ということで、ジェムズ・マンゴールド「フォードvsフェラーリ」。自動車映画の王道感満載で、期待していたものがきちんと揃ってる満足感はある。若者への訴求力を高めたいフォード社が、フェラーリに買収をもちかけるが、イタリア現地に赴いたフォード重役たちはフェラーリ側からバッサリと一刀両断され、買収交渉は決裂する。「お前らはアメリカの田舎の汚い工場で永遠に醜い車を作ってろ」「お前らの会社の重役は全員無能だな、社長も初代とは違うな、所詮二代目だな」と、エンツォ・フェラーリ御大から直々に罵倒・嘲笑される。その結果報告をうけたフォード社長は怒りに震えつつ、フランスのルマン24時間耐久レースへの参戦を決意する。当時のルマンは、フェラーリが連覇を重ねていた時期である。「金ならいくら使ってもかまわんから最強のエンジニアとスタッフを世界中から集めろ、最強のマシンでフランスへ乗り込み、イタリアのあいつらをコースの真下深くに沈めてやれ」と指令をくだす。。「うおぉ…」と、観るものを熱く燃えさせる序盤の立ち上がり。。前半はこのへんのやりとりをかなりたっぷりとドラマ的に見せるので、なかなか期待をもたせるのだ。フォード社長役のおっさんが、冷徹で強面で如何にもな雰囲気のボスっぷりですごくいい演技。元有名ドライバーで今は自動車屋のキャロル・シェルビーに話をもちかけるフォード重役の、やや善意側の会社員っぽさもすごくいい。シェルビー役のマット・デイモンの、安定感抜群な感じも素晴らしく、出ているだけでサマになってる。そのマット・デイモンからあつく信頼されてるレーシングドライバーを演じるのはクリスチャン・ベールだが、この人は始終なんとなく顔に似合わない芝居をしているような、妙に騒がしくてクドイ感じではあるけど、まあまあだ。

企業間の争いとしてのモータースポーツのややこしさの側面は、フォード社長のコワモテな感じもあってかなり面白く感じられる。初参戦で全リタイアを喫したのち、マット・デイモンが再チャレンジを社長に説得するシーンとかすごく良かった。ここぞと言う時にカッコいい決めセリフが出てくる。レースには負けたものの「しかし我々の底知れない力をエンツォに伝えることには成功したのです、エンツォは今、きっと心底から恐れています。あなたがもう一度私を信頼して仕事を続けさせることをです。」とか、こういうセリフを言われて、社長はしかめっ面で無言のまま、(よし、もう一度やってこい)みたいな感じで応える。こういうのを単純に「おおー!」と思える人ならこの映画は楽しい。僕はビールとビーフジャーキーがとても美味くて満足だ。(当劇場は外で買った飲食物は持ち込み禁止です)

とはいえ、つまらないところはつまらなくて、とくにクリスチャン・ベールと奥さんと子供のいくつかの家族エピソードが、絶望的に紋切型極まりないパターンでさすがにクサすぎて萎える。(奥さん役の女優はとても魅力的だったが)。それを言ったら、マット・デイモンクリスチャン・ベールの「固い絆」もかなりクサイが、まあ「王道」のお約束なのでそれはそれで良いのだ。(ロン・ハワードのF1映画「ラッシュ/プライドと友情」も、熱い男の友情だったし、古くはフランケンハイマーグラン・プリ」に描かれたのも、ジェームス・ガーナーから見たイヴ・モンタンへの共感とも言えない複雑な感情だった。)でも二人が殴り合いのケンカしてるところを奥さんが呆れ顔で椅子に座って見物するとか、嘘つかれたと言って怒った奥さんが超乱暴運転で泣きながら夫を詰るとか、父と息子がコース上に寝そべって親子のいい感じの対話をするとか、よくもまあこれだけ絵に描いたような紋切型エピソードを重ねられるものだなとは思ったが。

あと自動車映画の宿命というか、自動車映画で自動車の姿が魅力的に見えることの難しさをあらためて感じてしまいもする。走ってる車をすぐ後ろのやや下側から追走するような感じの画面は迫力があるのか?と言ったら、あるかもしれないけどそればかり見てるとさすがに飽きてくるし、自動車レースというテーマを映画にするっていうのはやはり難しいのかとは思う。序盤でフォード社の重役がイタリアのフェラーリを訪れた際、記者が撮影した写真をフィアット社まで持っていくシーンがあるのだが、そのときの記者がベスパで走って階段のふもとでいきなり乗り捨ててベスパ横倒しのまま、そのままの勢いでダッシュで石階段を駆け上っていくようなシーンの方が、観てる方としては、よほど乗り物の面白さを感じてしまうもので、自動車はその点走っていても単に箱があるだけだから元々退屈になってしまうものだ。

したがって肝心の中盤からクライマックスにかけてのレースシーンはぜんぜん面白くない。映像としてもそうだし、エンジンの「7000回転」というところがキーポイントになって何度か出てくるのだけど、冒頭の「7000rpmの世界では車体が重さを失い時間が止まり身体が消える…」的なポエムはけっこう僕は好きだし、クリスチャン・ベールにとっての、あるいはフォードGT40というマシンにとっての生命線みたいな扱いになっていること自体はよくわかるのだが、しかしそこまで回せばいきなり逆転みたいな、ちょっとそれは強引すぎないかと思いもするし、なんか子供向けのカーチェイスシーンを延々と見させられてるうようで、「王道」で作られてることの悪い面ばかり目立ってくる感じだ。映画全体が2時間半もあって長いので余計にうんざりしてくる。敵対する重役の一人があまりにも悪役っぽくなりすぎて露骨にいろいろ邪魔してくるのも、ライバルのフェラーリのドライバーがあからさまに人相悪くて絵に描いたようなライバル感むき出しな感じも、あまりにもマンガっぽくて萎える。前半はかなり重みのあったフォード社長の存在感も後半はどうでも良くなってしまうし(中盤でフォードGTに同乗するくだり。あれがちょっとなあ…)、レースを見守るエンツォの姿ももうちょっと突っ込んで描けばいいのにとも思った(何を喋ってるのか知りたかったし)。ただし何度か出てくる、クリスチャン・ベールの運転する車が相手を追い抜くとき、車同士がべったりと前後に張り付いて、マット・デイモンが「まだだ、まだだ、まだだ」と心の中で唱え、そしてある瞬間「そこだ」と言うと、まったく同じタイミングでクリスチャンが仕掛け、追い抜きに成功するというシーンは、レースで自動車が自動車を追い抜くことを観る者に感じさせるために、それを映画で表現するアイデアとしては、このやり方は伝わるものはあるかもしれないとは思った。

他、印象的だったことや良かったところも忘れないように書いておくと、やはり序盤のフォード社のくだりは良くて、当初フェラーリ買収に乗り気ではない重役が「あの会社が1年間に作る車の台数はうちの会社の1日の生産数より少ないんだぞ、たぶんうちの会社が一年で消費するトイレットペーパーの方が高くつくぞ」というくだりがちょっと笑った。大量生産型とエレガント型の会社対立構図も一つのテンプレだなとは思う。アメリカ対ヨーロッパというか、エレガントはアメリカにとって永遠にコンプレックス…などということはもはや無いだろうけど(もはやなし崩しだろうけど)、題材としてはまだ生きている。レース前にパドックに並ぶフェラーリ車を見たフォードのメカニックが「美人コンテストなら完全にうちらの負けだな」とか言う。

マット・デイモンは戦時中にB29の操縦経験もあり、フォード社の社用飛行機に搭乗中「着陸を俺にやらせてくれ」と言ってパイロットと席を変わるシーンがある。これは死ぬほど怖い・・と思った。なんかすごく楽しかった。クリスチャン・ベールはイギリス人役なのだが、彼も従軍していた。60年代の話だが、どの人々とっても第二次大戦がまだほんの少し前の過去である。マット・デイモンの飛行機の操縦の仕方とか、当時のレーシング・ドライバーという職業のリスクのデカさとか、わかってはいたつもりだが、やはり昔は色々とワイルドな時代だったのだろうとの思いが馳せる。

あと、フォードの連中がフェラーリ社を訪れる際のイタリアの景色は、見事にイタリアだし、クライマックスのルマン24時間耐久レースに出場するクリスチャン・ベールが前夜にホテルを出て人通りのほぼない通りを歩いてサーキットへ向かうシーンの景色は、見事にフランスである。どの景色も、アメリカとははっきり違う。異国情緒が香っていて外国に来たという感じが伝わってくる。アメリカにとっての欧州が、こういう風に見えるものなのだということがリアルにわかる。フォード社長が「うちの会社で作ったものが欧州で戦うのはこれがはじめてじゃないぞ。戦時中はあの工場で爆撃機を生産してたんだ」とか言うあたり、まさに如何にもだ。こういう「王道」の感じはいい。

長々と書いてしまったが、そのくらいには充分に楽しみました、ということでもある。