濱口作品×2

朝起きたら、まだ雪ではない。しばらくしてふと窓をみたら、もうすでに降っていた。かなりの量だった。家々の屋根も下の駐輪場も白く染まりかけていた。しかし昼過ぎには雨に変わって、三時頃にはもう雪の跡形もなくなっていた。

CS(日本映画専門チャンネル)で、濱口竜介「不気味なものの肌に触れる」(2013年)を観る。これは浜口作品のなかでも、僕にはとりわけ面白かったと言えるかもしれない。おそらく春~夏にかけての濃い緑につつまれた河川敷、あるいは薄暗い道場のような場所が主な舞台。奇妙な舞踏(格技?ダンス?)の練習を続ける男子高校生二人、片方の高校生と兄、その恋人、兄が働く河川敷管理事務所、もう一人の高校生と付き合ってたらしい女子高生、それらの人々が、説明らしい説明もなくただ揺蕩っているだけみたいな、観ていてたいへん気持ちの良い、河川敷という場所の魅力が、それだけで観る者を(不穏で複雑で不気味な豊穣さによって)幸福な気持ちにさせてくれるほどの濃厚さ、そして各登場人物たちのたたずまい、仕草、表情、かすかに漂うかのような予兆や徴のような出来事の配置。川底に潜むという小さな魚、手の甲に付けられた傷、兄弟の後頭部にあったという(今はうしなわれた)小魚の身体のような、コブのでっぱり、その場所、謎めいた雰囲気をじっくりと漂わせながら、確かめられることと確かめられないことの中間を、鷹揚に、まるでゆっくりと河を進む船のように物語が進んでいく。

触れる/触れないのギリギリをなぞるみたいな男性二人の身体運動の執拗な描写は、ちょっと陰鬱でかすかにかったるいところもあるのだが、その緊張感や動きの面白さはすばらしい。二人が喫茶店で、朗らかに雑談するシーンもすごくいい。しかし何よりすばらしいのは景気、川と河川敷の緑の濃厚さと湿度の濃さ。それらが、ただでさえ説明不足な物語の因果や理由をすべて無効化してしまうかのようだ。

つづいて、濱口竜介「THE DEPTHS」(2010年)を観る。ちょっと90年代前半頃の韓国映画というかフランス映画というか、東京を舞台に韓国人と日本人が織りなす同性愛と暴力と逃走のドラマ…みたいな、すごくカッチリと、そういうものとして作ったという印象を受けた。2010年の作品だというのに、キム・ミンジュン演じるカメラマンは暗室内でフィルムから露光と現像の作業をするのだが、しかし顧客依頼だとデジタル仕事もやっているので、どうも自分の作品は暗室作業になるらしいのだが、そのキム・ミンジュンが被写体として完全に惚れ込んでしまう石田法嗣をとらえたその写真は、どことなく昔懐かしいメイプルソープハーブ・リッツとかを思わせてやはり90年代ぽいし、うつくしき男娼としての石田法嗣が、やがてあらゆる男を手玉にとって事態を潜り抜けていく的な、もはやその男のうつくしさには誰もかなわない…的な、そんなテイストも如何にも一昔前な感じがする。キム・ミンジュンらが拠点とする写真スタジオが、東京のどのあたりなのか不明だが、たいへんいい感じの建物で、電車やモノレールからの景色も全編通じてたいへん魅力的で、ラストシーンの並行して走行するタクシーの場面もカッコ良過ぎなほどきまってる。