浦島

まだ僕が生まれてない頃の話です、さっぱりわかりません、とか言って誤魔化そうとしたが、悪いけど君に確認してほしいと言われて、仕方なく埃だらけの倉庫の奥に踏み込んだら、はたして言われた通りそのサーバー機はいまも存在していた。まるで漬物石のように、いったい何年ものあいだここに鎮座していたのか。小ぶりな筐体で、手でもち上げると予想以上に軽い。とりいそぎ電源とマウスキーボードとモニタケーブルをつないで通電させてみる。やけになつかしい雰囲気のメーカー名ロゴが表示される。問題なく動きそうだが、直後にディスクに掛かったパスワードをクリアせよとのメッセージがあらわれて、いきなり途方にくれる。

手元にあった古い資料から検索をくりかえしてもらちが明かず、仕方なくメールのフォルダの最古に近い日付のあたりを一件ずつ順に調べる。目的の情報を探すというよりも、当時それを誰がどのように業務で扱っていたか、その人間と場が為す雰囲気そのものの記憶を呼び起こさせようとする、それで調べるべき手掛かりというか、もっとも適当な検索キーワードというか、盲目的な手探りにせよ大雑把でもいいから大体のアタリを得たいのだった。

やがていくつかの情報を経て、ふいに昔の記憶がよみがえる。別室に言って、あまり期待もせず試しにパスワード入力したら、当たった。そのときの感覚は、嬉しさとか驚きよりも、今がいきなりそのときの時間に戻ったかのような気味悪さだった。さらに奇妙なことに、引き出された記憶はそのあと続けて入力すべき次のアカウント情報と紐付くパスワードまで、すらすらと何も見ず手がおぼえているかのような動きでのキー入力を可能にした。まじか、自分、おぼえているのか…と、さすがに呆れた。それにしてもWindows 2000 Server、なつかしい、というか、それを前回見たときと今この時との、時間的隔たりを思って呆然となる。玉手箱を空けた浦島太郎の気持ちを味わうのはじつに簡単なことだ。このまま死ぬまで、ひたすら振り返りながら驚きつづけるのだ。