ソウル・ミュージック1986年

とはいえRCサクセションがそれほどナイーヴで内向的な世界ばかりを描くわけではないことを、1986年のライブ盤「the TEARS OF a CLOWN」があざやかに指し示していた。ライブ盤というものの楽しさを、僕はおそらくこれではじめて知った。一曲目が古い洋楽のカバー(IN THE MIDNIGHT HOUR)で始まるというところに、当時は衝撃を受けたし、二曲目以降の展開の天井知らずの心躍る高揚感にひたすら舞い上がった。まあこのアルバムのおかげで、"スローバラード"にせよ"ヒッピーに捧ぐ"にせよ、シングル・マン収録の名曲のオリジナルよりも、このライブ盤収録の方によほど愛着を深めてしまったし、たしかにソウル・ミュージックではあるのだがはっきり言って参照元が微妙に古い、今でいうカッコいい音源サンプルになりそうなソウルとは微妙にずれた、もうちょっと昔のモロに往年のソウルをベースとした、大らかなリズムとアレンジの古き良き音楽の香りを、まだ何もわからない年齢のうちからしっかりと満喫できた、そのことは今思い出しても良かった。というよりも、そのときの気分、というよりも、そのときの景色というか空気感というか、たしかにそのときだった、ということ。

レンタルレコード店は駅の東口を少し歩いたところにあった。一泊三百円で、スタンプを押してくれて、いっぱいになったら一枚無料でレンタルだっただろうか。レコードを自転車の前籠に立てて、家まで帰るとき自転車だと行きは坂道が多くてそのかわり帰りは下りでほぼペダルを漕がずに帰れるので早いし楽だ。子供の頃は毎日自転車に乗って、よく一度も交通事故に遭わなかったものだ。その時代はたしかまだ年間一万人以上の交通事故死亡者がいた時代だが、そんなことは事後情報に過ぎない。たまたま助かったのだろう。自分の部屋に戻って、ノートに何かをごちゃごちゃと書きつけていたかもしれない。床や机やベッド上に、何が散らばっていたのか、当時の中学生がどんなだったかなんて、もはやまるでわからない。ソニーの古いラジカセがあった。自室の、あれが全てじゃなかっただろうか。あれでカセットテープを再生したし、TBSの深夜放送を聴いた。ウォークマンなんて何歳頃にはじめて買ったのだろうか。