親方

お店のカウンターで自分が一人で酒を飲んでいるとして、店は客も少なくヒマだとして、そんなとき手持無沙汰の店主が何をしているかというと、棚上のテレビを見上げて常連のおっさんと世間話してるようなことはよくある。年齢が若いなら従業員の女の子との雑談に余念がないということもありがちで、話が盛り上がってると注文したくても呼びかけるのに躊躇するが、話しかけられてる方が迷惑そうなら、その相手をじっと見つめていると、すぐに気づいてオーダーを取りに来てくれる。最近だと、かなり年配の手練れな風貌の職人っぽさを醸し出しながらも、まるで駅のホームで電車の来るのを待っているかのような姿で、カウンター越しにじっとスマホを見て俯いているすし屋の親方なんかもいる。合間合間に、スポーツ新聞の競馬欄を真剣に見つめている親方もいたけど、これはこれで、やや風情だとは思った。今はもう閉店してしまったすし屋だが、かなり高齢の店主で、ふと見るとテレビを見てると思いきや、うとうと居眠りしていたことが一度あった。起こすのもかわいそうなので、しばらくそのまま放置していたら、ほどなくして別の客ががらがらと入り口ドアを開けたので、親方もそれで何のことなく目覚めていらっしゃいませと声をかけ、僕も続いて続きを注文できた。その親方はもう後期高齢者であったので、仕事も円熟の境地を通り越して適当さいい加減さも大概で、そういうところも僕ははわりと好きだったのだが、これは他客は引くだろうなあと思うことも多かった。何しろ雑談がはじまるとデカい灰皿をネタケースの上にどんと置いてタバコをガンガン吸い始めるし、にぎりを注文するとそのままその手で握り始めるので、これは怒る客は怒るだろうなあ…とは思った。入口をがらがらと開けたら、カウンターに突っ伏して寝ていることさえあった。お爺ちゃん頑張りすぎだろ…と思った。いやあ、最近おしっこがさあ、間に合わなかったり、なかなか思うように行かなくてねえ?などという話を聞きながら、その手で握ってもらうお寿司というのは、かなりの迫力があった。閉店したときは、寂しさもあったが若干安堵もした。べつによく知らないけど、たぶんまだ死んでないと思う。今後はゆっくりしていただきたい。