年代別

僕がものごころついたのは四歳か五歳の頃、ということになるのか。ものごころがつくというのは、原初的な記憶が残っている頃のことだとすればそうなる。保育園だの幼稚園だのに通っていた記憶はおぼろげにあるし、近所に住んでいた同じ年齢くらいの子供たちと一緒に遊んだこともぼんやりと断片的におぼえている。あれがつまり、七〇年代の半ばということなのだが、さすがに幼児が「七〇年代の雰囲気」というものを記憶してそれを今でも保存しているわけではない。そこに存在したことはたしかだが、自覚はもてない。それなら「八〇年代の雰囲気」には自覚的だったのか、それを記憶しているのかと言ったら、記憶しているとも言えるが微妙とも言える。ただ四、五歳の頃より十四、五歳の記憶の方がより細やかで奥行があることは間違いない。それゆえ自分にとって七〇年代よりは八〇年代の方がより印象は色濃い。そして九〇年代も同じ意味でまた別の印象と感慨がある。

たしか二〇〇三年のことだったと思うのだが、ある日の僕は、一人で足立区から台東区あたりまで、二時間近くかけて歩いていた。とくに理由もない、単なる散歩に過ぎないのだが、そのときの散歩が、妙なことにゼロ年代前半の出来事として、忘れ難い印象として今でもふいによみがえってくることがある。別に取り立てて面白くもない、何の特別な印象も残さなかった時間であるはずなのに、なぜか歩いてたなあ…と、そのときのコマ切れになった風景と共にやけに強く思い出されるのだ。たまたま脳内記憶装置のちょっとしたバグというか、妙にアクセスしやすい位置に、偶然書き込まれてしまったエピソードなのだろうか。

僕が散歩していた二〇〇三年に、四、五歳だった子供がいたとしたら、彼らはおそらくゼロ年代の雰囲気について自覚はもてないだろう。そしていまの十代だった自分の経験の記憶が、のちの「一〇年代の雰囲気」として脳内に保管されるはずだ。それをたとえば十年後に、なつかしくも不思議な自分自身の記憶として、自分の内側に生成された宝物を見つけたようにして思い出すのだろう。しかしその頃の彼らのようには、自分はもはやゼロ年代も一〇年代も記憶しないだろうし、そのように思い出すこともできない。二〇〇三年の散歩は、ついこの間のことのようでもある。二〇〇三年という数字を、あまり昔には思えないというのもある。