休む、読む

小説の中で、登場人物が気をゆるめている、その場に腰を下ろして休んでいる、ぼんやりと時間をやり過ごしている。自分はその小説を読んでいる。そのときの、小説を読んでいるという時間そのものが、自分という存在をいったん止めて、まるで別の絵空事に心を奪われている、まるで気をゆるめた登場人物のような状態であり、そのうえで別の誰かがぼんやりとしてる様子を体感している。登場人物が、自らの苦痛や疲労や不安から解放され、安心感につつまれていることを、自分の心持ちとして体感しているのに、そのことに気付かず、これは登場人物の心情を自分が読んだからそう思っているのだと誤解している。だから、それにひきかえ自分はちっとも心の休まるときがないと、一息ついた後に思いもする。そう思いながら読書をしているとき、読者である自分は、自分の現実さえ勝手な絵空事として空想してしまっている。聞いたこともない名の村が出てきて、傾斜した地面や崖の下に流れる川の描写が出てくると、そんな場所を見たことがないから、自分が知っている名栗渓谷を思い浮かべたり、那智勝浦の滝を思い浮かべたりもするが、そうではなくこの小説は百年も前のドイツで描かれたのだから、百年前のドイツ人にとっての架空の場として、彼らが思わず想像してしまうような場所だろうから、自分は百年前のドイツ人としてそれを思い浮かべようと思い、やがて読者としての自分は見失われ、読者としての虚構の人物としての自分が、その小説を引き続き読みすすむ。その先でなければ、登場人物たちはほんとうに気をゆるめて休むこともできない。