墨田・荒川

自宅から散歩。最寄り駅を過ぎてひたすら南下すると、ほどなくして葛飾区へ入る。川面が光を強く反射して眩しいのを堪えながら荒川に沿って進み、堀切橋を渡って、いつもの千住柳橋方面ではなくて、鐘ヶ淵方面へ向かう。背の低い家々がぐしゃっと寄り集まっている、それらを縫うように細い路地を分け入って歩くと、墨田区らしさ感じる。墨田区についてとくに何も知らないのに、それらしさを感じた気がする。子供の頃、他所の家を訪ねて知らない通りを歩いているときのような、自宅の近所と同じようでいてどこかが違う妙な余所余所しさを纏った空気を感じる。

先日観た映画「歓待」のロケ地がこの東向島のあたりらしく、さらにここは、昔で云うところの玉の井で、貼り出されてる掲示板など見ると町内会の名前は今でも玉ノ井町会とか言うらしい。幸田露伴の旧住居跡もこのすぐ近くだが、これは現在何の変哲もないただの公園に、若干の説明書きやら記念碑やらが掲げてあるだけで、当時の面影は微塵も残ってない。周辺には新興住宅が多く決して古い町並みではない。但し、川のすぐ傍を拠点として生活を営む共同体、その長く続いてきたことで漂う匂いがある気がする。単なる先入観かもしれないが、感じることは感じる。

曳舟を少し越えたくらいの場所からやや引き返し気味に歩いて、隅田川沿いを白髭橋まで歩く。橋を渡ればそこは荒川区である。会社施設他の巨大な敷地とやや古びた雑居ビルの、少し煤けたような景色。かつて長谷川利行が、絵に描いたかもしれない、ささくれ立つ景色が、今そこに見えるわけではない。これも想像の話ではある。でもそれが完全に想像上のことだと言えるわけでもない。東京ガスの敷地が広がりNTTのビルが建っていたとしても、やはり荒川区としての、場の磁気のようなものが、未だそこに作用していないとは言えない。

堀切駅鐘ヶ淵駅もそうだが、南千住駅もこじんまりとしている。いや南千住駅は多数の乗り入れ路線をもつ巨大な駅であり、決してこじんまりとしたものではない。地図で見れば複数の線路がまるで毛細血管の末端のように枝分かれして、あちこちへ伸びているのがわかる。そのはずだが、しかし少なくとも日比谷線南千住駅のホームには、何ともこじんまりとした寂しい雰囲気がある。鉄骨やら木造枠やら各種電線鉄線などが剥き出しのまま、冬の外気と触れ合ったささくれ立ったような香りを、かすかに運んでくる。通電で常時稼働中の現代的な機器などではなく、動かないときには死んだように完全停止している昔の機械、そんな機構だけで出来ている感じがする。