文学論

雪になるかもしれないとのこと。外は雨だが、この寒さならありえる。一日中在宅。窓際のカーテンの隙間から冷気がしのびこんでくるような一日。

作品は、それがすぐれているとはどういうことか。いつかどこかで聞いた話だけれども、フランスにとって、セザンヌはいまだに大きな謎であり、ほとんど呪いのようなものであると。その時代時代によって、そのときの感覚や視点によって、無数に観られ解釈され、歴史に位置付けられ定着させられるのだが、その試みがどれだけくりかえされようと、湧き出てくるものが枯渇することは決してなく、完全に定着されて息の根を止められたはずの土台の裏側から、これまで気付かれなかったあらたな意味がじわじわと沸いてくる。それはつまり、いつまで経っても凝固しない、決して正解にたどりつけない、人類が束になってかかっても制覇することのできない、耕し尽くすことのできない未解決案件として、今後もひたすらリソースを割き続けるしかない巨大な課題として、延々そびえ立っているようなものだと。

「男流文学論」の、小島信夫の章を読んでいて、そのことを思い出した。江藤淳「成熟と喪失」によって、小島信夫抱擁家族」は日本文学の歴史に名を刻んだ、というのは一面の事実であるが、「抱擁家族」が「成熟と喪失」によって完全に解釈され腑分けされ尽くしてしまったわけではない。むしろ「(論から溢れ出るものが…)ある。それは確か。私は江藤を通じてしか知らなかった原著を今回、はじめて読んだんです。ああ、江藤のこの枠に入りきらないものがこのなかにあるな、というのがよくわかりました。つまり江藤が論じた以上に、もっと気持ちの悪い豊かさがこの作品の中にはあるということがよくわかりました。」と上野千鶴子は言う。

抱擁家族」が1965年で、「成熟と喪失」が1967年。かつて「成熟と喪失」を読んで感銘を受けた上野千鶴子が熱く語る「男流文学論」刊行が1992年。で、保坂和志小島信夫との接点も90年前後の出会い以降つづいて、共著の往復書簡「小説修業」刊行が2000年である。