剃刀

志賀直哉の「剃刀」は、僕はこれをおそらく中学生くらいのときに読んだことがある。冒頭を読み始めてすぐにそのことを思い出した。ならば結末はアレだな、、と思った。ところが最後まで読んだら、結末は思っていたのと違っていてけっこう驚いた。こんな凄惨でグロイ小説だった記憶はない。僕の記憶では、主人公の芳三郎が物語の最後に、その技術に絶対の自信をもっていたはずの剃刀で、ついに小さな傷を客の喉につけてしまう。静かに眠っている客の喉に、目に見えないくらい小さな傷が出来て、そこから赤い球状のものが、ゆっくりと小さく盛り上がってきて、最後にすーっと一筋流れ落ちるのを、芳三郎は呆然と見つめている。…そこまでで小説としては終わっているはずだった。ところが、この話にはまだ続きがあった。芳三郎はその直後、衝撃の行動に出るのだ。最後まで読んで、この最後のくだりっている??と、真剣に思ってしまった。自分の思い込みのせいだが、どうにも余計なオチが付け加わってるような気がして仕方がない。ゆっくりと湧き上がってくる血の玉をじっと見つめて、それで終わる方が、よっぽど上品で、いい感じがするけどなあ…と「小説の神様」の作品にダメ出ししたくなった。

これは想像だけど、もしかして同作品の小中学生が読むような児童書版みたいなのがあって、かつての僕はそれを読んだのだろうか。映画のR指定じゃないけど、最後の残酷シーンだけカットしてあるとか…。いやまさか、さすがにそれは無いか。

むしろ最後の数行よりも、盛り上がってくる血の玉の描写の方が、かつての自分にとっては鮮烈だったのかもしれない。何しろ何十年ぶりに再読したのに、あの「ラストシーン」が直ちによみがえってきたのだから。だからこれはおそらく、記憶が勝手に、その部分をラストシーンに書き替えてしまった、その可能性がもっとも高いと思われる。

それにしても、志賀直哉作品の一傾向として、たとえば「范の犯罪」、あるいは「剃刀」、あるいは「濁った頭」…これらの殺人の場面に、ある種の加虐性というか、苛々や気分のモヤモヤに苛まれれて、鬱屈した思いに閉じ込められている、それがとつぜん刃物による暴力の発動に直結されてしまうような、ある種の嗜好に基づく欲望の発動をどうしても感じてしまうところがあって、少し憂鬱な思いに沈むところがある。