濁った水

東京拘置所の敷地を取り囲むように堀があって、その水は、ほとんど流れてないように見える。かなり濁っていて、水底はまったく見えない。排水で汚れているというよりは、流れが遅いので濁っているのだと思う。生き物は少なくない。堀に沿って歩いていると、巨大な鯉や亀、ならびにペアあるいはチーム行動する鴨たちの姿が見える。あまりにも水が濁っているために、泳ぐ鯉や亀の姿は濁りのなかから身体の一部だけ浮かび上がって見えるような按配で、水の透明度はかなり低い。

あの水の中にいるなら、おそらく昼夜問わずさぞ暗い世界であることだろう。鯉という魚になんとなく不気味さを感じている。あの濁りのなかを悠々と泳いで、時折ふわっと浮かんでこちらを見上げたりするときの、まるで無意志・無意味を言外に示したような眼差しと、ぽかんと開けた口、あの表情からは狂気さえ感じられる。

ただし日当たりの良い日だと、太陽の光が木々を透かして水面にまで降りてきて、木漏れ日の揺らぐような光の強弱が水面に踊っている。その光がきれいというか、その灰緑色の粘土のような水の色そのものがきれいに見えることがある。そんなときは水の底でも、かすかにでも明るさを感じるのだろうか。

むしろ、あのくらい濁った水の方が生物らにとっては都合が良いのかもしれないが。たしか去年の五月頃は蛇も見かけた。独特に広がる波紋を水面に生じさせながら、一メートルはあろうかと思われる長さの身体をくねらせて、蛇がすいすい泳いでいたのだ。やがて岸辺にたどりつき、折り重なって甲羅を干している亀たちの真横をずるずると這い登って、茂みの奥へ消えていった。あの蛇は、きっと今年の今頃も生きて活動してるはずだと思う。また会いたいと思うが、なかなか見かけない。