新規顧客

髪を切るのに長年利用してた店が閉じてしまって、新たなお店を探さなければいけない問題が、まだ続いている。前回は久々に理容店に行ったし、せっかくの機会だから他の店にも行ってみようと当初は考えていたのだが、その思いはじょじょに薄れて、面倒くささばかり先に立つようになってきた。しかし髪はしだいに伸びて鬱陶しくなってくるし、ああどうしようどうしようと考えているうちに追い詰められて、けっきょく妻に「通ってる店を教えてくれ」とお願いして、そこへ予約電話した。そこだってもちろん新規顧客として行くわけだが「妻がお世話になってる店と聞いて自分も来ました」という言い訳(?)を用意しておきたくて、その店を選んだ。

担当してくれた女性は、妻の担当でもあるその人で、はじめてなのでカットの長さだの気になるところだのの、簡単なやり取りの上で施術してもらったのだが、そうか美容室というのは、当然のことながら、自分の髪について相談したり要望したりするところで、これまでのようにダラダラと世間話をしに行くようなところではないのだなと、今更のように思った。いや世間話はするのだけど、話題の基本には、あなたはどのような髪型を望む客なのか、何をしてあげたら良いのか、という点がしっかりあって、それが忘れられることはない。それは美容師であれば当然のことで、それを確認できなければ仕事にならないから、そうするのである。たいへん真面目というか、仕事にひたむきなのである。でもそれは当然のことだし、普通のことなのである。

そうなると、髪にとくべつこだわりもないし普段スタイリングなどもろくにしない自分ですら、色々と相手に応えなければいけない気になるので、それなりに思いを伝えようとする。「反応し要望する客」をそれなりに演じようとする。ここが気になるとか、もっとこうなると良いとか、そうやって話していると面白いことに、それを自分はたしかに望んでいると信じる気持ちが生じてくる。もともと無かったはずの需要やニーズが、じつはあったことに気付く(ような気がしてくる)。「店と客」という関係の成り立ちとは、そういうことなのだなと思う。

仕上がりを見て、いいですね、ありがとうございましたと伝えて、店を出た。近年ないほど真面目に、自分の髪について考えたうえで、そのようにやってくれた、ではこれでしばらく様子見しよう…という感じだった(それがいつかルーティンになれば、これまで通りだが、しかしこの後の自分がそうなるかを様子見、ということでもある)。