私のいなかった家で

朝、家を出てから忘れ物したことに気付いて、家まで戻るときはおもしろい。面白がってる場合ではないのだけれども、少し遅れると連絡して、そこから逆方向へ時間を巻き戻すように移動がはじまることが面白い。まず反対方向の電車に乗ると、車内がとても空いていて、その時点でもうじぶんはすでに、今日という乗り物に乗り遅れてしまった人間だと思える。車内にまばらに座ってる人たちもおそらくみんなそうで、それか最初から今日という乗り物に乗る必要がない人たち、自分もとくべつにそのグループに入れてもらった。最寄り駅につくと、いつもの平日ならまったく縁のない午前中の駅前の景色が広がっている。見慣れたはずなのにどこか余所余所しいような景色。よく晴れた爽やかな空気と光のなかを、とぼとぼ歩いて、ちょうど会社の始業時間と同時刻くらいに帰宅する。家のドアの鍵を開けると、家はすでに誰もいなくて薄暗くて、僕と妻が出掛けたあとのスリッパが部屋の方を向いて並んでいる。どの部屋もしばらくの間、静寂に支配されていたことが空気でわかるような感じがして、自分が急に帰宅したことでそれが壊れ、静寂さそのものが異変にかすかな苛立ちを感じているような感じがする。