借家

少しずつ読み続けていた色川武大狂人日記」も終盤が近づいてきて、五十過ぎで病院から出てきた主人公が女性と一緒に小さな八畳一間でまがりなりにも新しい生活をはじめるために、色々思いを巡らせながらもとりあえず頑張ろうとする展開にきて、ああやっぱり、借家住まいって、いいものだなあ…と、物語にあまり関係のない思いが、頭の中に広がった。いや、自分だって五十の借家住まいで主人公と変わらないんだから、わざわざそんな感慨に耽らずとも良さそうなものだが、でもさすがにセオリーとかしきたりに自分を縛って、生きるために何十年分かの「維持運用」してしまった経緯はあるので、そんな自分にとって主人公たちの辿り着いた境遇に、はっと虚をつかれるようなものを感じた。今までもこれからも、この先、何があっても、またこの場所に戻って、最初からやり直すことさえできれば、生きていくことなんて容易いんではないか…みたいな。おもわず「サマータイム」を歌いたくなるような、「一緒ならきっと大丈夫さ」とかいうセリフのCMが、大昔あったのをつい思い出してしまうような、そんな身軽さ、気軽さ、何もなくてただ自分と相手がいるだけみたいな、手元に何もなくてただ希望だけ、みたいな、そのゼロリセット感に、一瞬ひたってしまう。

もっとも物語はぜんぜんそんな雰囲気ではない。しかしそんな雰囲気が微塵もない、というわけでもない。