友の母

まだ六歳か七歳くらいの時だったと思うが、線路からほど近いところに住む友達と僕が一緒に遊んでいて、どういう経緯でかは忘れたけど、なぜか西武新宿線の線路上を二人で歩いていた。あの頃はまだ、線路立入りを阻むような囲いも柵も、大したものは設けてなくて、だからああして簡単に子供が線路内に立ち入ることが出来たということだろうか。

やがて前方から電車がやって来て、我々の目の前で停車した。窓から顔を出した運転手に「そんなとこで遊んでたらダメだ!」と怒鳴られて、二人あわてて、そこから逃げたのであった。今ではおよそあり得ないような、ある意味とても牧歌的な光景に感じられもするが、しかし一歩間違えたら一巻の終わりみたいな、それなりに間一髪な状況ではあったのだろう。

そしてその一部始終は、どうやら近所の人に見られていて友人宅に報告されたらしく、戻った我々二人は友人の母親から、おそろしいほどの権幕で叱られたのであった。子供の頃に、自分の父母でもなく教師でもない「よそのお母さん」から、あれほどもの凄いいきおいで叱られたことは、後にも先にもない。

自分の母親が、自分をとくべつに思うように、友人の母親は、友人をわが子としてとくべつに思っている、それはわかった。たぶん権幕という言葉はあまり適当でない。僕と友人にふりそそがれた言葉はむしろ、押し殺したような声色の静かな怒りに満ちたもので、怒りというよりも、悲しみと憎しみが内側で沸騰しているような、そのどうしようもなく沸き立つ熱湯の泡の飛沫のようなものだったのかもしれない。友人のお母さんは、とめどもなく涙を流しながら、溢れるものが抑えきれないといった調子で、恨みに歪んだような恐ろしい目でこちらを見すえながら、まるで呪詛のように、えんえんと僕たちを叱り続けた。

あの人は当時、おそらく三十歳前後であっただろうか。今思い返すと、なかなか美しい女性だったような気もするし、そりゃ激怒するだろうとも思うし、今の自分が、その怒りに易々と同調できてしまえるし、思い出してると、なぜかこちらまで泣きたくなる。