蝉が網戸に止まった。動かずじっとして、自分の腹や足の付け根をこちらに見せつけるようにしていた。その後、少しだけ移動する仕草を見せた。か細い足をぎこちなく動かして、ほんの数センチばかり網戸をよじのぼって、再び静止した。

やがて、次第に大きくなるサイレンの音のように、高々と鳴き声を上げ始めた。それが部屋中に響き渡った。これほどの大音量が、その小さな身体のどこから出てくるのか不思議である。頭部はまったく動いてない、この音は本当に、この小さな蝉から出ている音なのだろうか。網戸越しにじっと見つめても、わからない。

鳴くと言っても、口腔から鳴き声を発しているわけではない。たしか羽根の下あたりだったかよく知らないけど、どこかの器官から出ている音だったはずだ。

やがてゆっくりとボリュームが下がるように、エンジンが回転数をゆっくり落としていくように、鳴き声が小さくなってきた。それまで帯状につながっていたはずの大音量が、音量の弱まりとともに、ばらばらの細かい単音が隙間なく並んで成り立っていたことが聞き取れるようになってくる。

鳴き始めてから鳴き止むまでせいぜい二分くらいだろうか。日中のあいだ始終鳴いてるわけではなくて、せいぜいこの程度の時間なのだろうか。そうかもしれないな。

しばらくしてふと網戸を見ると、蝉はもうそこにいなかった。どこかへ飛んで行ったらしい。飛べたのか。まさか飛べないからいつまでもそこにいることにした、というわけではなかったのか。